風の万里 黎明の空(上)(下)

書影
書影

著 者:小野不由美
出版社:講談社
出版日:1994年8月5日 第1刷発行 1996年8月12日 第8刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「十二国記」シリーズの第4作。主人公は第1作の「月の影 影の海」の陽子と、「芳」の国の公主(王の娘)の祥瓊(しょうけい)、蓬莱の国(日本)からやってきた鈴、の3人。同じ年頃の少女たちの旅路とその先の邂逅を描く。

 時代は、「月の影 影の海」から1年。「慶」の国王に就いた陽子は苦悩していた。蓬莱から来て国の仕組みもしきたりもわからないため、王としての判断ができない。官僚たちのいいようにされ、また彼らから軽んじられていた。

 祥瓊は、父王がその悪政のために臣下の領主によって誅殺され、自身も公主の位をはく奪されて野に下り、辛酸をなめるような日々を送る。鈴は、言葉が分からず周囲に馴染めなかった。ようやく言葉が通じる飛仙に拾われたが、そこでも執拗ないじめを受ける。2人は生命の危機を乗り越え脱出に成功するが、そこでも安寧は得られなかった。

 祥瓊も鈴も、陽子が「慶」の国王に就いたことを聞き、陽子を訪ねる決心をする。一人は救ってもらえると思い、一人は自分にないものを手に入れた陽子に恨みを持って。その想いは、陽子に近づくにつれて変化していく。やがて、思わぬ形で3人の運命は交錯し始める。

 これは傑作だと思う。700ページに及ぶ長編ながら一気に読んでしまう。ドラマチックでありながら、ところどころに思慮深い諫言がちりばめられている。少女の口からこんな言葉が出る「自分がいちばん可哀想だって思うのは、自分がいちばん幸せだって思うことと同じぐらい気持ちいいことなのかもしれない」

 陽子の物語は、第1作以来3作ぶり。私としては陽子の物語で今後も押して欲しい。

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政と源

書影

著 者:三浦しをん
出版社:集英社
出版日:2013年8月31日 初刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 最近は、出す作品が必ずと言っていいほどヒットする著者の最新作。

 タイトルの漢字2文字は2人の主人公の名の1文字ずつだ。有田国政と堀源二郎。2人とも御年73歳。墨田区Y町という荒川と隅田川に挟まれた町で共に暮らしてきた。「幼馴染」という言葉で表すにはあまりに長い付き合い。
 気心の知れた2人だけれど、その生い立ちはずいぶん違う。国政は銀行員として定年まで勤め上げた。言わば堅い人生。源二郎は子どものころに「つまみ簪(かんざし)」職人に弟子入り。以来その道一本で来た職人。傍から見ると「自由人」そのものだ。

 物語は6章からなり。夏から少しずつ季節が移ろって翌年春までの、1年足らずの期間の出来事をつづる。途中で挿入される2人の子供時代のことや、それぞれの結婚にまつわるエピソードが、現在の2人の関係に通じていて、しみじみとさせられる。

 「しみじみ」の一方で、突然「笑いのツボ」を刺激されて、呼吸困難に陥る。主な原因は源二郎の言動にある。冒頭の葬儀のシーンで登場した源二郎は、禿頭の耳の上に僅かに残った頭髪を「真っ赤」に染めている。こんな「自由な」源二郎が大真面目にやるあれこれが面白すぎる。

 73歳になってもつまらないことで喧嘩をしたり拗ねたりと、子どものようだ。2人の境遇はそれぞれに寂しさを抱えている。それでも願わくば、このような年寄りになってみたい...

 第1章の扉絵を見て「じいさん萌えかよ!」と声が出た。少女漫画のイケメンキャラのようなじいさんが2人。カッコよすぎる。
 そうそう「つまみ簪」がわからない人は、Yotubeで「つまみ簪」と検索するといくつかの動画が表示されるので、見てみるといいと思う。

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陽だまりの彼女

書影

著 者:越谷オサム
出版社:新潮社
出版日:2011年6月1日 発行 2012年6月15日 19刷
評 価:☆☆☆(説明)

 「女子が男子に読んでほしい恋愛小説No.1」というコピーが評判となってベストセラーになり、少し前に「90万部突破!」というニュースが流れた。10月12日には、松本潤さん、上野樹里さん主演の映画が公開される(上野樹里さんはハマリ役だと思う)。100万部は堅いだろう。

 主人公は奥田浩介。25歳で鉄道広告の代理店の営業マン。物語の冒頭に渡来真緒という中学の同級生と10年ぶりに再会する。営業マンとクライアントの広報担当として。「学年有数のバカ」と呼ばれていた真緒は、美しい「出来る女」になっていた。

 「学年有数のバカ」と、真っ当に付き合っていたのは浩介だけだった(浩介は「キレる危ない子」だったらしい)。そのため真緒は、浩介のことを憎からず思っていた。浩介の方も同じくで、しかも真緒がハッとするぐらいの美人になっていたのだから、二人が恋人同士になるのに時間はかからなかった...。

 お互いに気になっていた中学の同級生と偶然の再会。障害を乗り越えいたわりあって愛を育む。まぁこれだけじゃ単なるベタベタの恋愛小説で、ちょっと読むに堪えない。本書の場合は、真緒には秘密と隠された過去があるらしく、それがミステリーの要素や、感涙を誘う仕掛け、さらにはファンタジーにもなっている。そこが「ベタベタ」に留まらないプラスアルファ部分で、読むに堪える作品に仕上がっている。

 「読むに堪える」なんて失礼な言い方をしてしまったが、実際のところは結構楽しめた。その上で、本書にケチを付けるつもりはないのだけれど、100万部に達しようとするのは、ひとえに「コピーの力」だと思う。出版社のニュースでも、そのようなことが書いてあるので、間違いないだろう。「女子が男子に読んでほしい」なんて..男の弱みをガッチリ掴んでいる。

 ただ本当に「女子が男子に読んでほしい」本なのかは疑問。そう言うからには、女子の気持ちが描かれていそうだけれど、女性の目線がほどんど感じられない。それは、主人公が男だから仕方ない部分はあるけれど、それにしても男に都合がよすぎる気もする。皮肉を言うと「男が考える「女子が男子に読んでほしい本」」が妥当なところか。

 映画「陽だまりの彼女」公式サイト

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「空気」を変えて思いどおりに人を動かす方法

書影

監修者:鈴木博毅
出版社:マガジンハウス
出版日:2013年9月5日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の鈴木博毅さんから献本いただきました。感謝。

 言うまでもなく本書が言う「空気」とは、しばらく前に流行った「KY(空気が読めない)」の「空気」のこと。例えば、連敗中のスポーツのチームを覆う重々しい「雰囲気」や、結論が最初から分かっている会議の「暗黙の了解」など。

 重々しい雰囲気を払拭すれば勝てるチームになれる。暗黙の了解を作り出せれば結論を自由に導き出せる。このように「空気」を変える方法が分かれれば、本書のタイトル通りに「思い通りに人を動かす」ことができる。

 タイトルを見れば、本書にはその「空気を変える方法」が書いてあると思うだろう。当然だ。しかし、そう思って読むとガッカリするかもしれない。その「空気を変える方法」は、最終章になるまで待たなくては出てこないからだ。

 本書の他の大部分は「空気」についての事例研究と解説だ。そう思って読めば、なかなか読み応えのある本だった。また、プロローグの1行目で著者自身が、山本七平さんの著書で1970年代に出版された「「空気」の研究 」を紹介している。もしかしたら本書は、この本へのオマージュの意味もあるのかもしれない。

 だからと言って、手っ取り早く「空気を変える方法」を知りたい人は、最終章だけ読めばいい、とはならない。分量のアンバランスを感じないわけではないが、前段の「事例研究と解説」が必要なのだ。最終章だけではその意味するところがしっかりとは分からないだろう。

 最後に。他の本の著者の複数から聞いたのだけれど、本のタイトルは、出版社の広告宣伝の範疇だそうだ。内容に対してタイトルに違和感があるのは、そういった事情かもしれない。このタイトルには確かに吸引力がある。

 ここからは書評ではなく、この本を読んで思ったことを書いています。お付き合いいただける方はどうぞ

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(さらに…)

ビシッと言っても部下がついてくるできる上司の叱り方

書影

監修者:嶋田有孝
出版社:PHP研究所
出版日:2013年9月20日 第1版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の嶋田有孝さんから献本いただきました。以前にも「20代で読んでおきたい成功の教科書」「30代リーダーの仕事のルール」をいただいています。感謝。

 嶋田さんは、ビルメンテナンス、警備保障、メディカルサービスなどの人材ビジネスを手がける会社の社長。大学卒業後に同社に入社して、室長、部長、支店長、本部長、副社長を経て、今年6月に社長に就任されたそうだ。当然スッテプアップの度に部下の数が増える。上司としての力量もより厳しく問われるようになる。本書は、そうした著者自身の経験(失敗も含めて)から導き出された指南書である。

 明確に区分されてはいないのだけれど、本書の内容は大別して2つに分けられる。1つは「叱る側の心構え」、もう1つは「具体的・効果的な叱リ方」。

 「叱る側の心構え」は、「叱る」と「怒る」の違いから考えると分かりやすい。「怒る」は、自分が中心。自分の腹立ちを相手にぶつけることだ。相手は自分の怒りの原因を作った憎むべき者だ。「叱る」は相手のために行う行為。その目的は「あるべき姿と現在の自分との差に気付かせ」さらに「あるべき姿に近づくよう導くこと」、つまり「相手(部下)の成長」にある。

 そうすると「心構え」としては、怒ってはいけない、相手を痛めつけるような言動もダメ、ということが自然と分かる。さらには「部下の成長」は上司の責務だと考えれば、必要なら「叱る」のが仕事だと心得ておかなくてはいけない。「あの人は優しいから(叱らない)」と言われるようでは(私も時折そう言われる)、上司としての責務を果たしてないということなのだ。あまり叱ることのない私には耳が痛い。

 「具体的・効果的な叱り方」は、実践的な様々な例が挙げられている。「叱る前に事実を正確に確認」「その場で即座に」「叱る時間は3分が限界」..。なるほどと思ったのは「ミスを憎んで部下を憎まず」。「君はどうしてこんなミスをしたんだ!」ではなく、「このミスの原因は何なんだ」と言う。これでは責任の所在があやふやにできてしまい、ちょっと甘い気もするけれど、この方が問題解決にはつながりやすいだろう。

 「心構え」は一朝一夕に身につかないとしても、「叱り方」はできるところからすぐに変えられる。いわばHowTo。「明日から使える」と言いたいところだけれど、「叱る」ことはそんなにお手軽ではない。本書の一項目に書かれているのだけれど、叱って効果が出るためには、部下からの「信頼」と「評価」と「(一定の)距離」という土壌が必要だそうだ。やはり一朝一夕にはできない。

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土を喰う日々 わが精進十二ヵ月

書影

著 者:水上勉
出版社:新潮社
出版日:1982年8月25日 発行 1998年5月30日 17刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」の読書会の8月の指定図書。

 「土を喰う日々」。何の事前知識もなく目にしたこのタイトルから、私が受けた第一印象は、何と言っても土を喰うわけだから「貧しさ苦しさを耐え忍んだ暮らし」「味気無さ」、それからなぜか「力強さ」だった。それにしては表紙のイラストの野菜たちが瑞々しくて、私の印象とはアンバランスなのだけれど。

 本書は、作家である著者が、軽井沢の山荘での1年間に、月ごとに何度か自分で拵えた料理について書いたエッセイ。もともと「ミセス」という月刊女性誌に昭和53年に掲載されたものらしい。著者は十代の頃に禅宗の寺で「典座」、つまり食事役を務めたことがあり、披瀝された料理の数々はその時の修行の経験が生きている。

 著者の簡にして要を得て紹介する料理が美味そうだ。軽井沢と言えば避暑地で有名だけれど、冬場は凍てつく寒さで、著者の言葉を借りれば「万物枯死の世界」となる。だから1月から始まる本書は、最初の頃は「あるものを工夫して」となる。正直に言って、そんなに食指が動かない。

 しかし、芽吹きの季節である4月ごろからの料理は本当に美味そうだ。4月は山菜、5月はたけのこ、6月は梅、7月になれば野菜が豊富に採れる、8月は豆腐、9月は松茸、10月は木の実、11月は栗。読み返しながらまとめてみると、私たちがいかに「自然の恵み」に恵まれているかが分かる。

 読み終わってみると、本書に対する印象がガラっと変わったことに気が付く。「味気ない」なんてとんでもない(思い返すと「砂を咬むような」の印象と混じってしまったようだけれど)。豊穣で色彩豊かな味わいが感じられる。

 「土を喰う」とは、食材は土が育んだもので、それを土から摘みとって食べる、ということはまさに土を喰うことだ、という意味。モノを大切に扱う心や、客をもてなす心、周囲に感謝する心、自分を律する心、そういった心を持った「生き方」が、著者の料理と対峙する姿勢ににじみ出ている。

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東の海神 西の滄海

書影

著 者:小野不由美
出版社:講談社
出版日:2000年7月15日 第1刷発行 2004年3月19日 第12刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「月の影 影の海」「風の海 迷宮の岸」に続く、「十二国記」シリーズの第3作。主人公は前2作にも登場した、「雁」の国の延王・尚隆とその補佐を務める麒麟・延麒の2人。ただし時代は前2作から遡ること約500年、尚隆が「雁」の国の治世を始めて20年の時。

 物語の発端はさらに18年前の偶然の邂逅。延麒は妖魔と呼ばれる魔物に乗って空を飛ぶ、人間の少年の更夜と出会う。妖魔はその本性として人間に馴れることがない。ましてやその背に人間を乗せて飛ぶことなどありえない。しかし、更夜とその妖魔は強い絆で結ばれていた。

 そして物語の現在。先王の末期に荒廃を極めた「雁」の国は、尚隆の治世の20年で目に見えて復興を遂げていた。尚隆が有能な為政者である以上に、側近の官吏たちが更に有能だった。なぜなら、尚隆は良く言えば豪放、悪く言えば出鱈目な男だったからだ。お忍びで街に出かけて民と交わることは好きだけれど、朝議と呼ばれる御前会議はすっぽかして出席しない。

 そんな風だから、全体としては国の復興が成っていても、国の隅々を見れば大事な事業が滞っている。それを恨みに思う地方もある。都から離れた「元州」では反乱の気配。こんな状況で、延麒は18年ぶりに更夜の訪問を受ける...後から振り返れば、これが新たな騒乱の幕開けだった。

 王宮には王宮の、反乱を起こそうとする元州には元州の理(ことわり)がある。民に近いところにいる元州の領主が説く理の方が、真に人々のためになるように思えるのだが、ことはそう単純ではなかった。

 読み進めるほどに、人間の内面が深々と掘り下げされる。善政の影に隠れた後ろ暗い闇。思いのほか重く鋭い刃を突きつけられた感じだった。

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何のために働くのか 自分を創る生き方

書影

著 者:寺島実郎
出版社:文藝春秋
出版日:2013年6月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 記事をよく参考にさせていただいている「人生を豊かにするビジネス読書ブログ」で紹介されているのを読んで、面白そうだと思った。著者が、テレビの報道番組で経済政治国際問題を、鋭い切り口で語られるのを見て、その考えを著書で読んでみたいとも思っていた。

 「はじめに」によると、本書は「就職という人生の転機において迷い悩む学生」「就職しても三年で三割が転職する若者」の表情をみつめてきた著者が、こうした若者たちに考えるヒントを提供する試みとして書かれたそうだ。つまり私のような、社会人生活が30年になろうとする者を対象としているわけではないらしい。

 だからと言って本書を放り出すのは早計に過ぎる。なぜなら本書は「働く意味」を切り口としながら、著者の現代認識が語られているからだ。グローバル化、アジアダイナミズム、IT革命、食と農業、TPPといったテーマが、テレビの報道番組より掘り下げて解説されている。さらに著者自身の半生も併せて語られることで、解説の背景を感じることができて説得力も増している。

 私はもう「何のために働くのか」疑問に悩んだりしなくなったが、著者が提示した「カセギ」と「ツトメ」という言葉は胸に落ちた。「カセギ」は経済的自立のためのお金を稼ぐこと、「ツトメ」は社会への参画とか貢献、つまり何らかの役割を果たすこと。働く目的はこの2つを満たすためだ。逆に言えば、どちらかが不足すれば別の方法で補わなければ、その人生は不安定なものになる。

 ところで、本来の対象である若者に向けてはどうか?私は、就活にあたって若者に課する負荷が過大すぎるように思った。「短期の業績を調べるのでなく、どういうビジネスモデルで収益を上げているのかに着目」と言われても難しい。さらに「環境の変化に対応できる未来挑戦型の企業を探す」「経営者の人間力を自分の肌身で感じ取る」なんて言われても戸惑うばかりだと思う。

 最後に、本書に関連して。知り合いに「お祈りメールが届く」という話を聞いた。宗教がらみではない。企業からの不採用通知のメールのことで、最後にご健闘(ご活躍)をお祈りします、と書かれているから、そう呼ばれるようになった。知り合いのお子さんに毎日のように届くそうだ。30年前の私の就職活動とは様子が随分違うようだ。

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死神の浮力

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:文藝春秋
出版日:2013年7月30日 第1刷 3月5日 第3刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 伊坂幸太郎さんの書き下ろし(冒頭のみ「別冊文藝春秋」に掲載)の最新作。100万部突破のベストセラー「死神の精度」の続編。あの何とも憎めない死神の「千葉」の物語で、しかも長編。期待して読んだ。

 死神の千葉の仕事は、指定された人を1週間調査して、「死」を実行するかどうかを判断すること。短編集の前作「死神の精度」では、何人かの調査を担当したが、長編の本書で担当するのは1人だけ。それは小説家の山野辺遼、35歳。物語は、千葉が山野辺の調査をする1週間を、千葉と山野辺の視点を何度か入れ替えて描く。

 少々重苦しい設定なのだけれど、山野辺は1年前に小学生の娘を、亡くしている。しかも殺された。その殺人の有力な容疑者として逮捕された当時27歳の男、本城崇は、あろうことか裁判で「無罪」になってしまった。このブログで何度か書いているけれど、子どもが可哀想な目に合う話が私は苦手で、本書もちょっとつらかった

 山野辺とその妻は、司法が裁けなかった本城を、自分たちで制裁を加えようとするが、常に後手に回ってしまう。本城はずば抜けて頭がよい男で、「無罪」も用意周到な準備によって、計画的に得たものだ。彼にとってはこの事件は「ゲーム」にすぎない。本城はいわゆる「サイコパス」なのだ。

 上にも書いたけれど設定が重苦しく、展開にも心が塞がれる。そこを千葉の言動が救う。人間の常識とはズレているから、やりとりがチグハグになる。例えば山野辺が本城のことを「良心がない人間」と言えば、千葉が「クローンというやつか(注:両親がない)」と返す、といった具合。

 読んでいてちょっとした既視感があった。身内を殺された男の復讐という流れは「グラスホッパー」に似ているし、逃避行での信頼と善意は「ゴールデンスランバー」を、圧倒的な悪には「モダンタイムス」を思い出した。そういった意味では伊坂ファンには馴染のある物語だとも言える。

 気になったのは、主人公を「小説家」にしたこと。小説家を主人公に据える以上、作家本人の何かが投影されているのでは?と考えてしまうのだけれど...

 コンプリート継続中!(単行本として出版されたアンソロジー以外の作品)
 「伊坂幸太郎」カテゴリー

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風の海 迷宮の岸

書影

著 者:小野不由美
出版社:講談社
出版日:2000年4月15日 第1刷発行 2002年4月11日 第3刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「月の影 影の海」から始まる「十二国記」シリーズの第2作。世界観はそのままに、主人公も舞台も時代も変わる。

 主人公は泰麒、十二国の内の1つ「戴」の国の麒麟。舞台は生まれ落ちた麒麟が育つ「蓬山」。時代は、「月の影 影の海」を少し遡ったころ。麒麟とは、12の国にそれぞれ1体だけいる神獣で、天意に従って王を選び、その王を補佐して国を治める役割を担う。

 本来、麒麟は蓬山の奥にある木の実から孵って、王を選ぶその日まで蓬山で暮らす。しかし泰麒が宿る実は、「蝕」と呼ばれる天変地異で、蓬莱の国に流れて行ってしまった。蓬莱の国とは、つまり私たちが暮らす「こちら側」の世界。泰麒は、私たちの世界で10歳まで育った後に、蓬山に帰還する。

 この物語を通して感じるのは、泰麒が抱く「欠落感」。10歳まで育った私たちの世界では、泰麒は「お友達とうまくやっていくこと」ができなかった。両親や祖母を喜ばせることもできなかった。そして蓬山でも、別世界で10年の年月を暮らした泰麒は、他の麒麟たちができることが何一つできない...

 ただしこの少々重たい感覚は、物語を底流してはいるものの、常に表面に出ているわけではない。表面には10歳の少年の、全く異質な世界に放り込まれながらもそれに順応する「しなやかさ」と「成長」が描かれていて、清々しくさえある。

 前作「月の影 影の海」が、何度もアップダウンを繰り返す波乱の展開であったのに対して、本書は後半の盛り上がりに向けてなだらかに登っていく感じだった。それはそれで悪くはないのだけれど、私としては前作の方が面白かった。

 前作と重なる登場人物もあり、シリーズとしての繋がりは保たれている。また、前作では分からなかった「十二国記」の世界の成り立ちやシステムについても書かれていて、本書は良いガイダンスにもなっている。

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