9.その他

真田忍者で町おこし

著 者:くノ一美奈子
出版社:芙貴出版社
出版日:2019年9月14日
評 価:☆☆☆☆(説明)

 忍者の実在を強く実感した本。

 著者のくノ一美奈子さんは長野県上田市の温泉旅館の女将さんで、真田忍者をテーマとした街の活性化の活動に取り組んでおられる。2015年から地元の新聞に連載をはじめ、本書はその連載を基に加筆修正を行って、5年間の活動をまとめたもの。

 全7章。第1章で「町おこし」のことを語り、第2章で「忍者食」を研究、第3章で「忍者の修行」を現代のスポーツにつなげ、第4章で「真田忍者のルーツ」を史書によって探求、第5章は「くノ一」の考察、第6章は「真田家の歴史」を忍者を軸にして俯瞰、第7章で「真田十勇士と立川文庫」を研究。変幻自在。「忍者」というワンテーマを入口にして、その奥に、これほどの豊饒な世界が広がっているのに驚く。

 全編にわたって興味深いことが書かれているのだけれど、特別に強い印象が残ったのが、第4章に含まれる「伊与久一族」に伝わる伝承。伊与久一族は、真田忍者である「吾妻衆」の一翼を担った家系。この文章は伊与久家の末裔である伊与久松凮氏の特別寄稿。そこには松凮氏が祖母から伝えられた伝承と、自身が身をもって体験した体術などの修行が記されている。

 「特別寄稿」を強調したのでは著者に申し訳ないけれど、これも著者の熱心な活動あっての寄稿だと思う。私はこれで忍者の実在(それも現代まで続く)を強く実感した。

 巷に流れる風聞に、外国人に「忍者って本当にいるのか?」と聞かれたら「最近はとても少なくなった」と答えると喜ばれる、というのがある。私はこれからは自信と実感を持って答えられる。「とても少なくなった」と。

 Amazonでの取り扱いがないようなので、興味を持たれた方は、出版社の芙貴出版社(TEL 0261-85-0234)にお問い合わせください。

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新海誠の世界を旅する

著 者:津堅信之
出版社:平凡社
出版日:2019年7月12日 初版第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「新海誠さんというのは「研究対象」になったんだ。確かにその価値はありそうだ」と思った本。

 著者は、日本大学藝術学部の先生でアニメーション研究家。日本のアニメーション史が専門。「あとがき」によると、新海誠監督と直に会ったことはなく、著書もこれまではアニメの歴史に関することで、現代のものをテーマに一冊書いたのはこれが初めてだそうだ。

 タイトルの「新海誠の世界を旅する」の「旅」は、二重の意味を持っている。一つは、新海監督の出世作である「ほしのこえ」から、最新作(執筆時は公開前)の「天気の子」までの、作品の解説・批評という「作品の世界の旅」。とても整理されいて読みやすい論考だと思う。もう一つは、作品の舞台やロケ地、ゆかりの地を訪う「現実の世界の旅」。著者自身がそこに行って、見たこと感じたこと考えたことを書いている。

 章を建てて取り上げた作品は「ほしのこえ」「雲のむこう、約束の場所」「秒速5センチメートル」「星を追う子ども」「言の葉の庭」「クロスロード」「君の名は。」「天気の子」。それ以外にも「遠い世界OTHER WORLDS」「彼女と彼女の猫」、信濃毎日新聞や大成建設や野村不動産のCM、NHKの「みんなのうた」と「アニ*クリ15」など。細大漏らさない態度が、誠に研究者らしい。

 とても楽しく興味深く読んだ。実は私も上に挙げた作品は全部観ている。ファンだという意識は薄いのだけれど、ちょっと縁があって「ほしのこえ」以降は注目はしていた。だから解説・批評の「作品の世界の旅」は語り合っているような気がしたし、「現実の世界の旅」は行ったことのない土地への憧憬を感じた。

 一つだけ、気になったこと。正直に言うと「気に入らなかったこと」。

 「君の名は。」のクライマックスについて「なぜそうしたのか?」と批判的に疑問を呈し、「こうあるべきだったのでは」という主旨のことを書いていること。それに関する新海監督の発言を「すべきではなかった」とまで書いている。それまでは研究者らしい分析に基づく冷静な批評だったのに、ここだけなぜか著者自身のエゴ(自我)が顔を出す。他人の作品のストーリーに対して「こうあるべきだった」なんて、それこそ「すべきでなかった」と思う。

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イイダ傘店のデザイン

著 者:飯田純久
出版社:パイ・インターナショナル
出版日:2014年4月20日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 写真を見てウキウキと楽しくなり、文章を読んでしみじみと感じ入った本。

 本書はタイトルのとおり「イイダ傘店」という傘店の傘のデザインを紹介する本だ。「イイダ傘店」というのは、雨傘・日傘を布から創造し、一本一本手作りする傘屋。店舗は持たないで、半年に一度全国をまわる受注会を開催して注文を受けている。

 本書が指す「傘のデザイン」は、主には傘の布のテキスタイルデザインだけれど、手元(持ち手)や(傘を留める)ボタン、(開いた時にしずくが落ちてくる)露先、天紙(てっぺんの丸い布)、陣笠(軸の先)の他、道具なども紹介。ほぼ全ページに載っているカラー写真を見ているだけで楽しくなってくる。

 本書の著者は「イイダ傘店」の店主。デザイナーであり傘職人でもある。ところどころに著者による1ページの文章が何編が載り、その他にも写真の説明の短い文章が添えてある。これが味のあるエッセイになっている。傘に対する想いは誰よりもあるのに、力みというものがまったく感じられない。

 私が気に入ったところを少し引用。

 まだ傘屋としての実績も実態もない頃、僕は趣味のように布と傘を作っていた。同じ頃、同じような実績と実態で、靴を作り始めていた友人がいた。ある日、「1万円で知人の靴を作った」と、その友人が嬉しそうに僕のところへやってきて、その1万円で傘を注文したいと言ってきた。はじめてお金をもらって誰かのための傘を作ったのがその1本だった。

 いつかは「イイダ傘店」の傘を買いたい。そう思った。

 イイダ傘店の公式ページ

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戦争の記憶 コロンビア大学特別講義-学生との対話-

著 者:キャロル・グラック
出版社:講談社
出版日:2019年8月1日 発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 過去の戦争に関する国際間の衝突を緩和するスタートラインが見えた、と感じた本。

 著者はコロンビア大学の教授。アメリカ人であるが、専門は「明治時代から現在までの日本の近現代史」。本書は、第二次世界大戦を各国の人がどのように記憶しているのか?をテーマにした講座における、多国籍の学生たちとの対話を収録したもの。

 このテーマの端緒は、日本と中国・韓国の関係に顕著なように、75年近く前に終結した戦争の影響が、なぜこうも現在にネガティブな形で存在しているのか?という疑問だ。その答えの一つが、立場によってあの戦争の捉え方が一致しない、ということだ。

 第二次世界大戦を、アメリカ人は、ドイツと日本の侵略に対抗した「良い戦争」と見る。日本人は、自国の指揮官によって悲惨な戦争に「巻き込まれた」と見る。韓国人は、日本による植民地搾取の極致と見る。中国人にとっては勇敢な抗日戦争、インドネシア人は戦後の独立へ続く出来事、と著者は考える。要するに自国に都合が良いように捉えて記憶している。

 各国で、この「国ごとに異なる自国に都合が良い記憶」を、政治的に利用する「記憶の政治」が行われている。それによって国と国との間で、感情的な敵対心を生んでいる。これへの対応の一つは、他国の「記憶」を尊重しつつ、それぞれの「記憶」に「歴史」を付け加えること。この講座で行われているのは、そのための「対話」だ。

 これは読むべき本だと思った。この本を読んで、まずは「自分たちは知らない」ことを認識するべきだ。それがよく分かる質問がある。「第二次世界大戦が始まった年は?」。(あくまで私の印象だけれど)日本人は終戦の年は知っていても、開戦の年は知らない人が多い。「知っている人」でも真珠湾攻撃の1941年と答える。日中戦争開始(1937年)や満州事変(1931年)と答える人は少ない。

 日本と中国・韓国で、あの戦争の捉え方が違うことはあまりによく知られたことだ。だから衝突するのだと思っている。しかし「捉え方」以前の問題として、日本人は中国との戦争のことを知らなすぎる。もっと言うと興味もない。これでは意見がぶつかるばかりで、対話は成り立たない。

 そして若者たちの頼もしさを感じた。講座に参加した学生の国籍は、日本、韓国、中国、アメリカ、カナダ、インドネシア。パールハーバーも広島・長崎も慰安婦も南京も俎上に上る。日本で悪名高い「反日教育」を受けた学生も含めて、彼らはちゃんと「対話」している。「対話のドアは常にオープンにしている」と言いながら、まともに話し合いができない政治家とは違う。

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何度も読みたい広告コピー

出版社:パイ インターナショナル
出版日:2011年11月25日 初版第1刷 2012年8月5日 第4刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「アドミュージアム東京」という広告専門ミュージアムのライブラリーで見つけた本。

 1980年代にコピーライターのブームがあって、その頃に高校生~大学生で影響を受けた私は、「何度も読みたい広告コピー」というタイトルから、糸井重里さんの「おいしい生活」や、川崎徹さんの「ハエハエカカカ」とかの、キャッチコピーを思い浮かべた。あの頃、もしかしたら、自分にもこういう仕事ができるかもしれない、などと思っていた。

 本書は、その「キャッチコピー」の本ではない。キャッチコピーに続く文章「ボディコピー」をテーマとした本だ。出版社で選考した100余りの「名作ボディコピー」を、担当コピーライターが書いた「ボディコピーの考え方」と共に紹介する。極小の文字だけれど、クリエイティブディレクター、アートディレクターなどのスタッフや、代理店、デザイン事務所載っていて、ちょっとした広告図鑑になっている。

 紹介された広告の年代が明記されていないのだけれど、どうも2000年代から2011年までらしい。つまり10年ぐらい前。キャッチコピーにうっすら覚えがあっても、ボディコピーは全く覚えていない。そもそも読んでもいないかもしれない。

 その辺りことは、コピーライターさんも重々承知で、「読んでもらえない」とはっきりおっしゃる方もいた。それは「でも..」と言葉が続く。他の方も、読んでもらう工夫をしたり、「自分の中にある想い」を総動員したり。「読んでもらえない」とおざなりな仕事はしない(当たり前だけど)。担当コピーライターさんによる「ボディコピーの考え方」は、個性的で面白かった。

 ボディコピーの方も、それぞれに魅力的で引き込まれた。実は本書は活字がそもそも小さくて読みづらい。元の広告は新聞やポスターがA5サイズに縮小されて載っていて、ルーペなしでは読めない。でも全部、ルーペを使って読んだ。「磨き抜かれた言葉には力がある」そう実感した。

 ルーペを使って読んだ心に残ったボディコピーを引用。宝石・時計販売の会社の「時」をテーマにしたシリーズ広告の1つ。

 にんげんの時間 ひとりがすると1時間かかることを、/ふたりでやれば30分で終わる。/ひとりがすると1ヶ月かかることを、/30人でやれば1日で終わる。/人類が何千年かけても/まだできないこと。/みんなでやれば/1日で終わるかもしれない。/もう、平和なんて、/1日あればできるはず。

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ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた

監修者:佐藤文香
著 者:一橋大学社会学部佐藤文香ゼミ生一同
出版社:明石書店
出版日:2019年6月21日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 感心したり反省したり、よく知っているつもりで理解が浅いことを知らされたりした本。

 一橋大学の「ジェンダー研究のゼミ」に所属している学生たちが、友人・知人から投げかけられた、29の問いに答えたもの。悩みながらも真正面から向き合った「真摯で誠実なQ&A集」と帯に書いてある。

 ゼミの指導教員で監修者でもある佐藤文香教授が「おわりに」で、本書出版の経緯を書いている。ゼミ生たちは、友人や知人、ときには家族からさまざまな「問い」を投げかけられ、うまく答えられず、時には険悪になってしまう。その都度「どういえばよかったんだろう」と思い悩む姿を見て「みんなでグッド・アンサーを考えて..」と提案した..。

 「問い」には、例えば「男女平等は大事だけど、身体の違いもあるし仕事の向き不向きはあるんじゃない?」という、男女平等の必要は理解しながらの疑問もあれば、「性欲って本能でしょ、そのせいで男性が女性を襲うのも仕方ないよね?」という、信じがたいものもある。でもこれも学生たちが実際に受けた「問い」なのだ。

 本書ではこれらの「問い」の一つ一つに、「ホップ」(ジェンダーっで聞いたこともない、と言う「初心者向け)、「ステップ」(およその知識は持っている中級者向け)、「ジャンプ」(ジェンダー研究の最新動向もおおむね理解している上級者向け)、の3段階の回答が用意されている。読みやすさと専門性を兼ね備えた上手い構成だ。私は自己判定で「中級者」だけれど、「ジャンプ」も興味深く読んだ。それによって、一段深い理解が必要なのだと分かったことも多い。

 答えが難しいと感じた「問い」も多い。例えば「フェミニストはなにかと女性差別というけど、伝統や文化も重んじるべきじゃない?」という問い。重んじられるべき「伝統」や「文化」はあるが、近代以降に創造されたものもあり決して絶対的なものではなく、女性差別を正当化できない、と一旦は答えが出る。しかしでは、もっと長く続く例えば千年続く伝統は?他の民族の伝統は?と思考を広げると簡単ではない。

 本書では、他の民族の伝統への批判には抑制的な意見で、逆に問題点を指摘している。そこには明確な答えはない。監修者の佐藤教授の言葉を拾うと、本書は「グッド・アンサー」であって「ベスト・アンサー」ではない。さらに議論を積み重ねることが大事なようだ。本書はその議論の基盤になるだろう。

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たった1枚の紙で「続かない」「やりたくない」「自信がない」がなくなる

著 者:大平信孝
出版社:大和書房
出版日:2018年12月31日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者は、目標実現の専門家。第一線で活躍するリーダーのメンタルコーチ。経営者、オリンピック出場選手、トップモデル、ベストセラー作家などの目標実現・行動革新もサポートしたとか。

 本書で紹介するのは、著者が開発した独自の目標実現法である「行動イノベーション」。「井戸メソッド」と「行動イノベーションシート」の2つからなる。「井戸メソッド」の方もツールはシートなので、2種類のシートに書き込んでいくだけ。実にシンプル。

 「行動イノベーション」が特徴的なのは、過去に注目したこと。「目標達成」自体が未来志向なわけで、「目標を立てて、それに達するスケジュールを考えて..」なんて、未来にフォーカスした方法論はたくさん聞いたけれど、本書で重視するのは過去。ただし過去の「素晴らしい体験や経験」。

 過去の「素晴らしい体験や経験」は、思い出すと「やる気」の補充につながるし、そこにはその人の「大切な価値観」が現れている。2種類のシートはそれを上手に引き出してくれる。これによって「正のスパイラル」と、目標達成のための「アクション」を作ろう、というわけ。

 試しにやってみた。まぁ目標が達成できたか?という評価には、もう少し時間がかかるとして、思った以上にとても楽しい作業だった。自分の「素晴らしい体験や経験」を一生懸命に思い出すなんて、自己愛が強すぎるようで躊躇われたけれど、やってみれば気にならなかった。

 「単なるノスタルジーに浸っているだけじゃないのか」という批判も心に浮かんだけれど、著者によるとそうではないらしいので、しばらく信用してみることにする。

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この数学,いったい いつ使うことになるの?

訳  者:森園子、猪飼輝子、二宮智子 原著者:Hal Saunders
出版社:共立出版
出版日:2019年5月30日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「この問いに正面から答えたんだ!でもまぁそうなるよな」と思った本。

 本書は「When Are We Ever Gonna Have to Use This?」という、英語の書籍の翻訳(契約上の理由で全編ではないらしい)。数学の教員であった著者が「いったいいつ使うことになるの?」という生徒の質問に答えるために、100の異なった職業の人々に訪問取材をし、約60の数学の項目のうち、どれをどのように用いているか聞いた結果だ。

 「一般的な算数・計算」「実用的な幾何学」「初歩の代数」の3つパートに分かれ、各パートはさらに例えば「一般的な算数・計算」なら「分数」「小数」「平均」「比率と割合」...と項目が細分化されている。各項目に最小で9問最大で71問もの算数・数学の問題がある。

 例えば「比率と割合」の第10問はこんな問題。「土木技師(に必要):難易度☆☆☆

 あるコンクリート材はセメント94ポンド(1袋)、水50ポンド、砂191ポンド、砂利299ポンドの混合からなる。混合したコンクリート材の重量は1立方フィートあたり151.2ポンドになる。1760立方フィートの壁にはセメントが何袋必要になるか?

 私が冒頭に書いた前半「この問いに正面から答えたんだ!」は、本書の試みへの称賛だ。これまでは「どんな仕事でも数学の知識が役に立つんだよ」などの抽象的な答えをして、それでは聞いた子どもは胸に落ちないのじゃないかと思う。そもそも「いつ使うの?」という問いには全く答えていない。それに対して本書は正面から具体例で答える試みだ。その子がどんな職業に就くかわからないけれど、具体例なら「その職業では数学を使うんだ」ということは納得するはずだ。

 後半「でもまぁそうなるよな」は、本書の試みの限界を感じた言葉だ。具体例は具体的であるがゆえに「ある/なし」がはっきりしてしまう。例えば「司書」には「一般的な算数・計算」の例はあるけれど、幾何学や代数の例は載っていない。数学の項目としても一次方程式以降に習う代数が載っていない。載っていないからと言って、必要ないわけではないけれど「必要ない」ように見えてしまう。

 しかし、すべての職業で高校数学までの全部が必要かというと、それも違うだろう。具体例を積み上げれば「ここからは不必要」も明らかになるかもしれないが、それはそれでいいと思う。数学に限らず、このような学校の教科を職業や生活と関連付けること、その具体例を積み上げること、こうした試みが継続されるといいと思う。

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世界一深い100のQ

著 者:ロジェ・ゲスネリほか 訳:吉田良子
出版社:ダイヤモンド社
出版日:2018年8月22日 第1刷 発行
評 価:☆☆(説明)

 「まぁ確かにそうか」とか「そうなんだ!」と思いつつ「でも何なの?これは」と思った本。

 タイトルに魅かれて手に取った。世界一深い質問とその答えを100個も読むのは、さぞワクワクする体験だろうと。

 「まえがき」も「はじめに」もなく、目次の後の扉ページの裏にいきなり「Q.001 声帯移植はいつ可能になるのか?」と質問。続いて「古代から、神話や伝説の世界で語られてきた臓器移植は、いまや現実になっている。....」と回答。回答の末尾に回答者の名前と職業。この質問の回答者は「ジェラルド・ファン(耳鼻咽喉科医)」

 Q.002は「先史時代の人間は何を考えていたのか?」、Q.003は「数学がなかったら、我々の世界はどうなるか?」、Q.004は「反芻は何の役に立つのか?」、Q.005「人類は鳥インフルエンザで絶滅するのか?」、Q.006は「心配性の人間は暗記が得意か?」..。どうも何かの順番ではないらしい。ついでに言うと「深い」と言われてもピンとこない。(「数学がなかったら..」はちょっと深いかもしれない)

 というわけで「何なの?これは」と思った。タイトルに違えて「深い」とも思えない質問が脈絡なく登場する。答えの方も、腑に落ちたり落ちなかったり。はぐらかされたように感じるものもある。次はどんな質問かな?という興味も湧かない。

 ここで公正を期するために補足する。本書はフランスで出版された本の訳書で、回答者も恐らく全員フランス人だ。原題は「100 questions de science a croquer」で、「世界一深い」とはどこにも書いていない。「a croquer」は「絵に描きたいぐらい」「食べちゃいたぐらい」という意味らしい。

 一つだけ「ちょっと面白いな」質問があった。Q.051「遺伝子組み換え食品は健康にいいのか?」。市民感情としての懸念を考えれば「~健康に悪いのか?」となりそうだ。フランスが特に遺伝子組み換え食品に積極的ということもないと思うので、どうしてこうなったのだろう?その答えはたぶん、回答者が生物工学の研究者だからだ。(注:遺伝子組み換えが従来の交配による品種改良より危険、とする事実は今のところ見つかっていないそうだ)

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京大変人講座

著 者:酒井敏、小木曽哲、山内裕、那須耕介、川上浩司、神川 龍馬
出版社:三笠書房
出版日:2019年5月1日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「変人」と言うからどんなに変なのか?と思ったら、意外にも真っ当な話だったな、と感じた本。

 本書は、京都大学で2017年の5月から不定期に開催されている、一般開放の講座「京大変人講座」の7回目までをまとめたもの。この講座は今も続いていて、現在は7月にある第13回「文学でしか伝えられないことがある」の参加者を募集している。キャッチコピーは「京大では「変人」はホメ言葉です」

 全部で6章あって、1章ずつ6人の先生が自分の研究について執筆。章のタイトルを紹介する。「毒ガスに満ちた「奇妙な惑星」へようこそ」「なぜ鮨屋のおやじは怒っているのか」「人間は”おおざっぱ”がちょうどいい」「なぜ、遠足のおやつは”300円以内”なのか」「ズルい生き物、ヘンな生き物」「「ぼちぼち」という最強の生存戦略」

 1つだけ紹介。第4章「なぜ、遠足のおやつは”300円以内”なのか」。タイトルの関連から言うと、子どもたちは、300円という制約があることで、どのお菓子にしようか悩む「楽しさ」を味わえる。制約は「不便」だけれど、不便さには、ものの価値を上げ、モチベーションを上げる性質がある。

 この章の担当の川上先生の研究は「不便益=不便によってもたらされる利益」。不便だからこそいいこと、うれしいこと、を探すことをライフワークにしている。先生の専門はシステム工学で、様々なものの「便利で効率的」なあり方を研究されるのが一般的だと思う。それなのに不便なものを探している。紛れもなく変人である。

 変人だけれどふざけているわけではない。研究は筋の通ったものだし、社会への還元もある。いまや全国大会が開催される「ビブリオバトル」は、インターネット時代の「いつでも、どこでも、誰とでも」を裏返した「今だけ、ここだけ、僕らだけ」をスローガンに、先生の研究室の研究員が発案したものらしい。

 冒頭に「どんなに変なのか?と思ったら、意外にも真っ当」と、ネガティブな評価とも受け取れる書き方をしたけれど、そういうことでは決してない。「京大変人講座」の発起人の酒井先生が、こうおっしゃっている「目に見えてブッ飛んだ変人というのは”普通”をひどく意識しているものです」「あくまでも「ちょっと変」が重要」。私の「意外にも真っ当」は「ちょっと変」の言い換えだ。

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