イイダ傘店のデザイン

著 者:飯田純久
出版社:パイ・インターナショナル
出版日:2014年4月20日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 写真を見てウキウキと楽しくなり、文章を読んでしみじみと感じ入った本。

 本書はタイトルのとおり「イイダ傘店」という傘店の傘のデザインを紹介する本だ。「イイダ傘店」というのは、雨傘・日傘を布から創造し、一本一本手作りする傘屋。店舗は持たないで、半年に一度全国をまわる受注会を開催して注文を受けている。

 本書が指す「傘のデザイン」は、主には傘の布のテキスタイルデザインだけれど、手元(持ち手)や(傘を留める)ボタン、(開いた時にしずくが落ちてくる)露先、天紙(てっぺんの丸い布)、陣笠(軸の先)の他、道具なども紹介。ほぼ全ページに載っているカラー写真を見ているだけで楽しくなってくる。

 本書の著者は「イイダ傘店」の店主。デザイナーであり傘職人でもある。ところどころに著者による1ページの文章が何編が載り、その他にも写真の説明の短い文章が添えてある。これが味のあるエッセイになっている。傘に対する想いは誰よりもあるのに、力みというものがまったく感じられない。

 私が気に入ったところを少し引用。

 まだ傘屋としての実績も実態もない頃、僕は趣味のように布と傘を作っていた。同じ頃、同じような実績と実態で、靴を作り始めていた友人がいた。ある日、「1万円で知人の靴を作った」と、その友人が嬉しそうに僕のところへやってきて、その1万円で傘を注文したいと言ってきた。はじめてお金をもらって誰かのための傘を作ったのがその1本だった。

 いつかは「イイダ傘店」の傘を買いたい。そう思った。

 イイダ傘店の公式ページ

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傲慢と善良

著 者:辻村深月
出版社:朝日新聞出版
出版日:2019年3月30日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 予想していなかった展開に翻弄されたけれど、読み終わってみれば気持ちがしっかり着地した本。

 二部構成。第一部の主人公は西澤架(かける)。39歳。婚活で知り合って今は一緒に住んでいた婚約者が、ある日突然姿を消した。手がかりは、彼女がストーカー被害にあっていて、相手は彼女の出身地の群馬で知り合った男らしい、ということ。そして第二部は、その姿を消した婚約者の坂庭真実が主人公。この構成は、著者の人気作「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」とよく似ている。

 第一部で架は、真実の行方を捜すために、群馬の真実の実家や、真実が登録していたという結婚相談所を訪ね、真実がお見合いをしたという相手にも会う。警察には相談したが、事件性は低いと判断されてしまった。興信所を使って調べることは、真実の両親に反対された。真実の過去には何かあるのではないか?そう思った架は、自分で調べることにしたのだ。

 架が捜す真実の行方は杳として知れない。しかし、架が分かってきたことはある。真実と家族、特に母親との関係や、真美の周辺の人々のものの考え方などだ。それとは別に、読者にも分かってきたことがある。それは、真実と出会うまでの架の交友関係。第一部は、架と真実が背負う背景が、それぞれ少しずつ明らかになる度に、その溝が深まる。それを越えることはできないんじゃないか?と思うぐらいに。

 急展開の後に第一部が終わって、第二部が始まる。「急展開」と思うのは男性だけで女性なら最初から分かる、という意見もあるけれど、とにかく第二部が始まる。それは心に染み入るような物語だった。帯に「圧倒的な”恋愛”小説」とあるけれど、たしかにこれも”恋愛”の一つの形だろう。

 最後に。このタイトルからジェーン・オースチンの「高慢と偏見」を思い出す人も多いだろう。本書の中でも言及されるし、私は主題が似ていると思う。著者も「高慢と偏見」から想を得た、とインタビューでおっしゃっている

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アリアドネの弾丸

著 者:海堂尊
出版社:宝島社
出版日:2010年9月24日 第1刷 10月14日 第2刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 シリーズの他の作品と比べて、いつになく剣呑な雰囲気にドギマギした本。

 「チーム・バチスタの栄光」から始まる「田口・白鳥シリーズ(著者は「東城大学シリーズ」としているそうだ)」の第5作。実は先に第6作の「ケルベロスの肖像」を読んでしまっていて、後戻りして読んだ。

 主人公は、東城大学医学部付属病院の講師田口公平。「不定愁訴外来(通称愚痴外来)」の責任者。院内ではヒマだと思われている。ただし、病院長のムチャ振りで「院内リスクマネジメント委員会」の委員長や、厚労省の検討会の委員などを兼務している。そして今回は新設の「Aiセンター長」にも就任。ちなみに「Ai」とは「Autopsy Imaging」で「死亡時画像診断」の意味。このシリーズのテーマの一つでもある。

 「Aiセンター」はまだ建設中。どういうわけか警察関係には「Ai」に対して強い反対勢力があるらし。人事にも介入されて、副センター長に警察庁の元刑事局長が送りこまれたり、オブザーバーに現役の警視が入ったりする。物語を通して、この二人が何とも剣呑な雰囲気を漂わせ、終盤に向けて危険さを増していく。

 病院が舞台なので、これまでにも「死」はあったけれど、今回は殺人事件がらみ。そして、東城大学医学部付属病院の崩壊の危機。本当に「崖っぷち」な感じだった。主人公は田口センセイだとしても、厚労省の白鳥技官の活躍が目覚ましい。いつもは議論を引っ掻き回して混乱させる役回りだけれど、今回は論理的な推理が冴える。

 「ジェネラル・ルージュの伝説」のレビュー記事で紹介したけれど、著者の作品は広大な物語世界を構成している。本書にも他の作品からのリンクが多数ある。まだ読んでいないシリーズも読みたくなった。

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家康に訊け

著 者:加藤廣
出版社:新潮社
出版日:2019年2月20日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の加藤廣さんは、2018年4月に亡くなっている。合掌。本書は遺作であり最後の作品。

 こんな自由な物語をもっと読みたかったなぁ、と思った本。

 本書は2部構成。第1部は、「信長、秀吉、家康のうち、現代日本の難局を乗り切るなら、誰に舵取りを託せばよいか」という観点から、「それは徳川家康をおいてありえない」とする、表題作の評論「家康に訊け」。第2部は、福島正則の元に強者が集い、徳川の刺客と相対する伝奇小説「宇都宮城血風録」。

 第1部は、家康の歩んできた道を幼少期から振り返り、古文書をひもときながら、その人となり武将としての資質を明らかにする。信長は「じっくり待つ姿勢が欠けている」「屈辱に対する耐性が備わっていない」からダメ。秀吉は「晩年判断力が低下」「朝鮮半島への拡張路線が大日本帝国が進んだ道とピタリと重なる」からダメ。家康を選択した理由が消去法のようで、ちょっとどうかな?と思うけれど、まぁそれば不問に。

 面白かったのは第2部。時代は元和五年、大坂夏の陣から4年。「賤ヶ岳の七本槍」に数えられた福島正則も、徳川の世になって勢力を削がれ、この度は将軍秀忠に謀反の疑いをかけられ、信州の小領地へ国替えとなった。物語は福島正則が、新領地へ向かう途中で、徳川が放った忍者集団に襲われる場面から始まる。

 こういう危機に、何処からともなく味方が現れて助成する。「おぉあれはかの有名な○○殿でござらぬか!」てな調子で仲間に加わる。まずは、加賀の前田家に仕える重臣と配下の美剣士、次に、仙台の伊達家の剣客と忍者集団。それを率いるのは...なんと、真田幸村の三女、阿梅!もちろん真田の忍者もいる。

 あぁこれはこういう物語だったんだ。史実なんて置いといて「こうであったら面白いな」という娯楽優先の物語。この手の話に覚えがある。大正時代の少年たちの絶大な人気を博した「立川文庫」というシリーズ。何冊か読んだけれど、荒唐無稽な筋書がめっぽう面白かった、あの感じが蘇った。著者がこんな物語を描くことを知らなかった。もっと読みたかった。

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京都祇園もも吉庵のあまから帖

著 者:志賀内泰弘
出版社:PHP研究所
出版日:2019年9月20日 第1版第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 出版前のゲラを読ませてくれる「NetGalley」から提供いただきました。感謝。

 華やかさと厳しさと優しさと「粋」を感じた本。

 主人公は「もも吉」と美都子の母娘。二人とも祇園の芸妓で、二人ともNo.1と言われていた。「もも吉」は芸妓を引退して営んでいたお茶屋を急にたたんで、今は一見さんお断りの甘味処「もも吉庵」の女将。美都子は「もも也」という芸名の芸妓だったけれど、名実ともにNo.1の27歳の時に突然芸妓辞め、なんとタクシードライバーに転身した。

 本書は、この母娘が、祇園界隈の人たちの心の重りを、包み込むようにして溶かしていく物語。その相手は、舞妓になるための修行中の「仕込みさん」であったり、和菓子の会社の新入社員であったり、東京から来た会社員であったり。その他にも、もも吉が図らずも手を貸した若い恋とか、もも吉の幼馴染の旅館の女将と僧侶の邂逅とか。全部で5編の短編を収録。

 祇園という街は、その名前の響きだけで華やかを感じる。おまけに美都子はすごい美人らしい。舞妓さんが歩く祇園の街でも、美都子が歩けばみんなが彼女を見る。この物語には華があるのは、祇園の街と美都子のおかげだ。

 ただし厳しさもある。祇園に詳しいわけではないけれど、10代の女の子たちが修行する社会なのだから、厳しさは想像できる。物語に交じって明かされる、もも吉と美都子が重ねてきたエピソードにも、それは感じる。

 それらが交じり合って、もうとにかく全部が「粋」だ。美都子によると「粋」か否かが、花街で育ったものが筋を通す「生き方」のものさしだそうだ。出過ぎた真似をするのは「粋」からはずれる。でも見て見ぬフリをするのは、あの娘のためにならん。そうやって、若い娘たちを思いやって、周りにも細やかな目配りをする。もう1回言うけど、全部が「粋」だ。

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マジカルグランマ

著 者:柚木麻子
出版社:朝日新聞出版
出版日:2019年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 徹底した明るさとコミカルさの底に深い意味を感じた本。2019年上半期の直木賞候補作。

 著者の作品は「ランチのアッコちゃん」「3時のアッコちゃん」「本屋さんのダイアナ」といった、社会人の女性の仕事や悩みをコミカルかつ優しく描いた作品や、「けむたい後輩」「ナイルパーチの女子会」といった女性同士の関係を深々と描いた作品を読んだ。

 本書の主人公は70代半ばの女性。これまでに読んだ物語の主人公よずっと年上だ。名前は柏葉正子。20代のころに女優として映画に出ていた。27歳の時に出演映画の監督と結婚し専業主婦に。74歳の時に携帯電話のCMのおばあちゃん役のオーディションを受けて合格。今は日本人なら知らない人はいない「ちえこおばあちゃん」になっている。

 ここまではこの物語が始まる前に起きたこと。物語が始まってからはつらいことが繰り返し起きる。映画監督の夫がなくなり、ちょっとした言動が元でネットで炎上して大変な目にあったり、仕事がなくなって食べるものにも困るようになったり、再びおばあちゃん役のオーディションを受けてセクハラにあったり...。

 でも、正子さんにはしなやかな強さがあって、その度に逆境を跳ね返す。一人ではできなかったかもしれないけれど、正子さんの周りには、家に転がり込んできた若い娘や、風変わりなご近所さんたちもいた。最初は全然頼りにならない感じなのだけれど、徐々に結束力も増して、正子さん自身の前向きなキャラクターとの相乗効果で、物語は予想の上を行って先へ進む。

 面白かった。「マジカルグランマ」は、実際には存在しない「世間が求めるあるべきおばあちゃん」像を指していて、CMの「ちえこおばあちゃん」が正にそうだ。正子さんのしなやかな強さは「マジカルグランマ」からの脱却によってもたらされる。テンポよく弾むように軽い文章で書かれた物語に、意外と深い意味を感じた。

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育てて、紡ぐ。暮らしの根っこ -日々の習慣と愛用品-

著 者:小川糸
出版社:扶桑社
出版日:2019年9月8日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

出版前のゲラを読ませてくれる「NetGalley」から提供いただきました。感謝。

Simple is Beautiful. 生活スタイルの理想。かくありたい、と思った本。

食堂かたつむり」「ツバキ文具店」「キラキラ共和国」著者の小川糸さんの作品には、ちょっと疲れた人への優しさがある。そういうところが私は好きだ。その著者が、心のあり方や暮ら方などについて綴ったエッセイが40編。著者自身やお部屋、大事にしている持ち物やおすすめの食品の写真付き。

テーマ別に章になっていて「心のあり方」「体との付き合い方」「私らしい暮らし方」「ドイツに魅せられて」「育て続けるわが家の味」「自分式の着こなし」「人とのつながり」の7章。心に沁みこんでくるような素敵な言葉が随所にある。その言葉に一貫して感じられるのは「余裕」。

「余裕」は著者も意識しているらしく、「はじめに」にこんな文章がある。「自然であること、無理をしないこと。それが、今の私の暮らしのテーマになっています。(中略)自分にとって必要な行いを習慣化することで無駄を省き、慣れ親しんだ愛用品を持つことで、自分自身がラクに、自由になれる。」

「慣れ親しんだ愛用品」が素敵。京都の○○旅館のお昼寝布団とか、鎌倉のギャラリーで作ったテーブルとか、加賀の○○製茶場のお茶とか、築地の○○商店や◇◇商店に買い出しに行く昆布、煮干し、かつお節、海苔...。本当にいいものを選んで使っておられる。名前を聞いても私には良さはわからないけれど。

次々と繰り出される「丁寧な暮らし」(著者は言下に否定されているけれど、まぎれもなくそうだと思う)は、ともすると自慢に聞こえて妬ましく感じてしまうかもしれない。私がそう感じなかったのは、著者の作品が好きで偶像視したからかもしれない。「かくありたい」と思ったのは本当だけれど、そうなれる気がしないのも本当の気持ち。でも「マネしてみよう」と思ったことがいくつかある。さっそくやってみようと思う。

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小説 天気の子

著 者:新海誠
出版社:KADOKAWA
出版日:2019年7月25日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 大ヒット上映中の映画「天気の子」の小説版。映画の方は「公開34日目で興行収入100億円を突破」、前作「君の名は。」を上回るペースだそうだ。

 登場人物もストーリーも映画と同じ。主人公は森嶋帆高、高校一年生。島の出身で、家出して船で10時間以上かけて東京に来た。東京は家出少年に冷酷で、どこを歩いても人にぶつかり、道を尋ねても答えてもらえず。街をさまよい、路上に居場所を見つける他にないが、それも容易には見つからない。

 そんな中で、一人の少女に出会う。陽菜、帆高よりひとつ年上の17歳。マクドナルドで3日連続でポタージュだけの夕食を取っていた帆高に、ビッグマックをくれた店員。帆高が、タチの悪そうな大人から助け出した少女。彼女は「100%の晴れ女」。彼女が祈れば短い間だけれど、雨が降っていても雲が割れ晴れ間が覗く。

 物語は、帆高と陽菜の「恋愛未満」の関係を描きつつ、帆高が身を寄せた編集プロダクションの社長の須賀と、アシスタントの夏美、陽菜の弟の凪の3人を加えた、5人の物語が進む。帆高は家出少年であるだけでなく、ある出来事から警察に追われる。また、晴れ女の陽菜に関する重大な事実が明らかになる。

 読み始めてすぐの第2章で、戸惑いとともにグッと引き込まれた。夏美が一人称で語り始めたからだ。映画では、それなりに重要な役割を果たすにしても、あくまでサブキャラクターで、多くは語られなかった人物。それが帆高のことと自分のことを語る。これによって「重要な役割」にも深みが増した。

 映画が大ヒットしていることで分かるけれど、ストーリーは抜群に面白い。それに加えて、映像では表現が難しい、人物の心情や背景や、場面の設定が書き込まれている。それも監督自身の手によって。「君の名は。」の小説版の時と同じだけれど、映画を観て「良かった」と思う人には特におススメ。

 最後に。映画の物語のラストの評価が分かれているようだけど、私は「これすごくいい」と思った。

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