1.ファンタジー

小説 天気の子

著 者:新海誠
出版社:KADOKAWA
出版日:2019年7月25日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 大ヒット上映中の映画「天気の子」の小説版。映画の方は「公開34日目で興行収入100億円を突破」、前作「君の名は。」を上回るペースだそうだ。

 登場人物もストーリーも映画と同じ。主人公は森嶋帆高、高校一年生。島の出身で、家出して船で10時間以上かけて東京に来た。東京は家出少年に冷酷で、どこを歩いても人にぶつかり、道を尋ねても答えてもらえず。街をさまよい、路上に居場所を見つける他にないが、それも容易には見つからない。

 そんな中で、一人の少女に出会う。陽菜、帆高よりひとつ年上の17歳。マクドナルドで3日連続でポタージュだけの夕食を取っていた帆高に、ビッグマックをくれた店員。帆高が、タチの悪そうな大人から助け出した少女。彼女は「100%の晴れ女」。彼女が祈れば短い間だけれど、雨が降っていても雲が割れ晴れ間が覗く。

 物語は、帆高と陽菜の「恋愛未満」の関係を描きつつ、帆高が身を寄せた編集プロダクションの社長の須賀と、アシスタントの夏美、陽菜の弟の凪の3人を加えた、5人の物語が進む。帆高は家出少年であるだけでなく、ある出来事から警察に追われる。また、晴れ女の陽菜に関する重大な事実が明らかになる。

 読み始めてすぐの第2章で、戸惑いとともにグッと引き込まれた。夏美が一人称で語り始めたからだ。映画では、それなりに重要な役割を果たすにしても、あくまでサブキャラクターで、多くは語られなかった人物。それが帆高のことと自分のことを語る。これによって「重要な役割」にも深みが増した。

 映画が大ヒットしていることで分かるけれど、ストーリーは抜群に面白い。それに加えて、映像では表現が難しい、人物の心情や背景や、場面の設定が書き込まれている。それも監督自身の手によって。「君の名は。」の小説版の時と同じだけれど、映画を観て「良かった」と思う人には特におススメ。

 最後に。映画の物語のラストの評価が分かれているようだけど、私は「これすごくいい」と思った。

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ベーオウルフ サトクリフ・オリジナル7

著 者:ローズマリ・サトクリフ 訳:井辻朱美
出版社:原書房
出版日:2002年10月10日 第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

ファンタジー小説の源流を感じた本。

著者のローズマリ・サトクリフは、「第九軍団のワシ」などの児童向け歴史小説と、「アーサー王と円卓の騎士」「オデュッセウスの冒険」などの伝承や神話の再話を多く手掛けている。作家の上橋菜穂子さんが「影響を受けた作家」として筆頭に挙げられている。

本書は英国最古の叙事詩である「ベーオウルフ」を再話したもの。勇士ベーオウルフの英雄譚。デネ(デンマーク)の王の館を襲う怪物グレンデルの退治と、ヒイェラーク(スウェーデン南部)で人々を襲う竜の退治、この2つの物語から成る。グレンデル退治はベーオウルフの若かりし頃、竜退治は自らが王となり老いてからの出来事だ。

ストーリーは多少の脚色を除けば伝承のとおりであるようで、いたってシンプル。父が恩義を受けた異国の王を怪物が苦しめている。救援に駆けつけて、どのような勇士も歯が立たなかった、その怪物(とその母親)をベーオウルフは見事に退治する。竜退治の方はさらにシンプルで、竜を死闘の末に退治する。

驚いたのは、このシンプルなストーリーに、今日までのファンタジーで繰り返し語られた「竜」のモチーフがあること。洞窟の中で財宝を守っていること、口から火を吐いて焼き尽くすこと、翼を持っていて飛ぶこと、硬い鱗で覆われていること、下腹には鱗がなくそこが弱点であること。

「あとがき」によると、トールキンもこのベーオウルフを愛したとか。竜のモチーフは、トールキンの「ホビットの冒険」に登場する。「あとがき」の受け売りになってしまうが、「指輪物語」の王たち、例えばアラゴルンやセオデンには、ベーオウルフの面影がある。

ここまでは本書のというよりは「ベーオウルフの伝承」についての感想。最後に本書について。その場面の映像が立ち上がってくるような描写は、著者(と訳者)の力が合わさらないとできない。読み終わって一編の映画を観たような気持ちになった。やはり20世紀を代表するストーリーテラーだと思う。

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鹿の王 水底の橋

著 者:上橋菜穂子
出版社:KADOKAWA
出版日:2019年3月27日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2015年の本屋大賞、そして日本医師会の日本医療小説大賞を受賞した作品「鹿の王」の続編。

 主人公は医師のホッサル。前作「鹿の王」は、ヴァンという名の戦士とこのホッサルの2人が主人公で、本書はそのうちのホッサルの「その後」を描いている。

 ホッサルは250年前に滅びたオタワル王国の末裔。オタワルの民は、土木・建築・金属などの様々な技術に優れ、東乎瑠帝国に飲み込まれ国が滅んだ後も、その技術力で命脈を繋いできた。中でも抜きんでて優れていた技術が、ホッサルが身につけた医術。皇帝の妃を難病から救ったことで、皇帝の後ろ盾を得て、帝国の中で確かな支持を得て広まりつつあった。

 今回の物語のきっかけは、ホッサルの施療院に出入りする祭司医の真那から、真那の父が治める領国への同道を求められたこと。真那の姪の病をホッサルに診てもらいたいらしい。ホッサルは助手で恋人でもあるミラルと共に、真那の招きに応じる。

 前作の「鹿の王」が日本医療小説大賞を受賞したように、この作品もテーマは「医療」だ。それも「医療とはどうあるべきか?」という奥深いテーマだ。

 真那は「祭司医」だ。東乎瑠帝国の医術は、国教の「清心教」という宗教が根本にある。宗教だから「祭司」医。宗教だから頑なな側面がある。例えば、オタワルの医術で行われる「輸血」は「異教徒の穢れた技」になる。生き永らえたとしても身体は穢され、死後に神の御許に行くことができない。

 医術で治療しても永遠に生きることはできない。身が穢れたと思いながら生きることを強いるのが良いのか?いや、わが子が目の前で死に瀕していても、それを救う方法を知っていても、身体を穢さないことを選ぶのか?難しすぎる。

 この二つの医術の対立以外にも、次期皇帝争い、民族の存亡、愛する人への想い等々、たくさんのテーマが重層的に描かれる。一流のエンターテイメントになっている。

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ヘブンメイカー

著 者:恒川光太郎
出版社:KADOKAWA
出版日:2015年11月30日 初版 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「スタープレイヤー」の続編。「スタープレイヤー」の最後で、主人公の夕月が「ヘブン」という街を目指している。そして本書のタイトルが「ヘブンメイカー」。そうか、夕月が目指す街の創生の物語なんだな、と考える。

 世界観の設定を一応。スタープレイヤーというのは、抽選に当選した人で、地球とは別の惑星に送られるが、そこで十個の願いを叶えることができる。その気になってうまくやれば、街を一つ(それ以上でも)作ることができる。前作で実際にそうしたスタープレイヤーも登場している。

 そして本書。主人公は2人。高校2年生の鐘松孝平と大学生の佐伯逸輝。

 孝平は、ある日見知らぬ部屋で眠りから覚める。部屋の外に出ると街が広がっていて、多くの人がいた。広場のプレートには「ようこそ、死者の町へ」の文字。続いて、この町の創造主かららしいメッセージ。「(あなたたちが)ここを「天国」にできることを私は切に望んでいます」と書かれていた。

 逸輝は、中学の同級生で好きだった華屋律子と、大学生になって再会。ところが律子が殺されてしまう。失意の中でふらりと行った海辺で、大男に出会い抽選。「一等、スタープレイヤー」に当選。そう、逸輝はスタープレイヤーになった。

 物語は、孝平の「ヘブン」パートと、逸輝の「サージイッキクロニクル」パートが交互に語られる。孝平のパートは、人々が協力して街を作り上げていく。逸輝のパートは、スタープレイヤーの能力を使って、思いつきを実現する。例えば、故郷の藤沢そっくりの街を作って、律子を呼び出す、とか。

 2つのパートは、別々の物語を紡いでいくが、予想通りにやがて交錯する。

 ちょっとグロテスクな場面もあるけれど、面白かった。孝平も逸輝もいいやつだ。前作もそうだったけれど、願いがなんでも叶うというのは、思うほどいいことではない。

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風と行く者 守り人外伝

著 者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:2018年12月 初版第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の代表作と言える 「守り人」シリーズの外伝。シリーズとしては2012年の「炎路を行く者」以来6年ぶり、小説作品としても「本屋大賞」を受賞した2014年の「鹿の王」以来4年ぶりの作品。まぁとにかく久しぶりに著者が綴る物語を読むことができてうれしい。

 主人公はシリーズ全体の主人公でもある、女用心棒のバルサ。本編の最終巻「天と地の守り人 第三部」の、タルシュ帝国との死闘から1年半。荒廃した国土で復興が始まっていた。バルサは訪れた市で、16歳の頃に養父のジグロと共に護衛をしたことがある「風の楽人」たちに出会い、再びその護衛を引き受けることになった。

 物語は、現在と16歳の頃の記憶を行き来しながら、時にはその2つが重なるように進む。今回も過去にも「風の楽人」たちは狙われていた。その頭の女性には、ある禁域の封印を解く力がある。その力を排除しようとしているらしい。背景には、氏族間の衝突と融和の歴史があり、数百年前の事件も絡んでいるようだ。

 著者の研究者としての専門分野である文化人類学的な視点を、心躍る深い物語に落とし込んでいて、まさに「上橋菜穂子らしい」作品になっている。そして「守り人」のファンであれば、多くの人が読みたいと思うであろう「ジグロとバルサ」の物語を、たっぷりと堪能できる。うれしい。

 「あとがき」によると「いさんで書きはじめて数百枚も書いたのに、とちゅうで書けなくなった物語」が、著者には数作あるそうだ。本書もそうしたもののひとつ。それが何かのきっかけを得て書けるようになることがある。その他の「書けなくなった物語」にもそんな時がくることが待ち遠しい。

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スタープレイヤー

著 者:恒川光太郎
出版社:KADOKAWA
出版日:2014年8月31日 初版 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 これまでに読んだことのない作家さんの作品を読もうと思って、図書館の書棚を巡っていて見つけた本。著者が、日本ホラー小説大賞を受賞してデビューされた「ホラー作家」だと知ったのは後からで、本書は「異世界ファンタジー」。

 主人公は斉藤夕月、女、34歳、無職。買い物の帰りに「運命のくじ引き」を引いた。三等・一億円、二等・五億円、一等・???。明らかに胡散臭いけれど。そうしたら一等が当たった。一等は「スタープレイヤー」。スタープレイヤーになると、地球とは別の惑星に行って、十個の願いを叶えることができる、という。

 信じられない話だけれど、それは本当だった。夕月は、実家を豪華にした家を建てて住む場所を確保し、若返りと美容整形をして絶世の美女になり、壁で囲まれた広大な庭園を造って宝石をバラまいた。我ながら「下品だ」と思いながら。これで使った願いは3つ。まだ7つある。

 この後、他のスタープレイヤーが訪ねて来たり、そのスタープレイヤーが作った「村」を訪問したり、そこから現地民の村を訪ねていったりする。自分の家の周囲しか描かれていなかった地図が、徐々に範囲を広げていくように、夕月の世界も、そして読者の世界が広がっていく。

 世界が広がるのは良いことばかりでなく、衝突も起きるようになる。この世界ではスタープレイヤーは、死者さえ生き返らせる「全能の神」のような存在。しかし、使える回数に限りがあるその力を「何に使うか?」は、とても悩ましい問題だ。本書の主題はたぶんそういうこと。何人ものスタープレイヤーが登場するが、幸せに暮らしている人ばかりではない。

 面白かった。夕月の願いの使い方は、最初は「下品」かもしれないけれど、分かる。途中、ちょっと危なっかしいこともあったけれど、概ね「良い使い方」を心得るようになった。帯に「新シリーズ、堂々開幕」とあるので、この後も続くのだろう(続編「ヘブンメイカー」が既に出ている)。楽しみだ。

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後宮の烏

著 者:白川紺子
出版社:集英社
出版日:2018年4月25日 第1刷 9月12日 第7刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 書店で多面陳列で、ずいぶんと推しているので買って読んだ。「中華風ファンタジー」なるジャンル(こういう言い方があるとは知らなかったけど、POPに書いてあった)は好きなので。「十二国記」とか「八咫烏シリーズ」とか「僕僕先生」とか、古典を元にした「封神演義」なんかもそれに当たるか。

 舞台は宮廷。後宮の奥深くにある館に住む「烏妃」と呼ばれる妃が主人公。烏妃は妃でありながら夜伽をすることがない。冒頭の帝の訪いのシーンから察するに、夜伽どころか訪問することさえこれまでなかったらしい。烏妃は、呪殺や招魂などの不思議な術を使う女仙か幽鬼で、「会えば災厄がある」とも言われているからだ。

 まぁこんな感じで神秘性を塗り重ねた存在の烏妃だけれど、実にあっさりと正体が明かされる。物語が始まって5ページで、15、6歳の少女だと判明。名前は「寿雪」という。帝に対して「おぬしの頼みは聞かぬ、さっさと去ね」と言い放つ気性と、帝を扉の外に放り出す不思議な術が使えることも分かる。

 この後「そんな理由か」という経緯を踏んで、帝の頼みごとに協力。神秘的な存在のはずが、自分の足で後宮内を動き回って情報収集、というフットワークの軽さを見せる。こういうのをライトノベル風と言うのだろうか?

 「底の浅そうな話だな」と、ここまでの紹介では感じると思う。実際に読んでもそう感じるだろうし、興味をなくして読み進めるのをやめてしまうかもしれない。だから言っておくと、浅そうに見えて深いものが仕込まれている。

 帝の頼み事は、その一族の血塗られた過去や、その陰にあったいくつかの悲恋につながっている。実にあっさりと判明した烏妃の正体も、実はそれは表層で2枚目3枚目の正体が、後に明らかになる。次回があるのかどうか分からないけれど、出ればたぶん読むと思う。

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未来のミライ

著 者:細田守
出版社:KADOKAWA
出版日:2018年6月25日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 この夏の細田守監督の最新作「未来のミライ」の原作小説。監督自身の書下ろし。

 映画の方は公開後2日間で観客動員29万5000人、興収4億円の大ヒット。ストーリーを紹介する必要があるのか、または紹介していいのか、疑問だけれど一応物語の初めのあたりを。

 主人公はくんちゃん。「訓」と書いて「くん」と読む。4歳。横浜の磯子の街で、建築士のお父さんと、総合出版社に勤めるお母さんと、ミニチュアダックスフントのゆっこ、と一緒に暮らしている。ある日、お父さんとお母さんに赤ちゃんが生まれ、くんちゃんの家に妹のミライちゃんがやって来た。

 お父さんとお母さんはミライちゃんの世話で、これまでのようにはくんちゃんには手をかけられない。くんちゃんは面白くない。ミライちゃんのことは「好きくない」。とうとう癇癪を起しておもちゃでミライちゃんをたたいてしまう。そんな毎日のある日、未来から中学生になったミライちゃんがやって来て..。

 私はこの物語はすごく好きだ。映画と同じように。4歳の男の子の成長を感じるし、お父さんとお母さんの愛情を感じるし、過去から続く命のバトンを感じるからだ。映画についての世間の評判を見ると、私に同意してくれない人もかなりの数いるようだけれど、まぁそれは仕方ない。

 映画と本との違いについても書いておく。ストーリーに違いはない。違うのは人物や場面の描写の細かさ。映画を三人称で描くことは難しいけれど、小説ならそれが容易にできる。登場人物が説明できないことも描くことができる。

 例えばお母さんについては「真面目で責任感が強い完璧主義者。(中略)裏を返せば神経質で、心配性で、ゆえに人の評価に敏感な性格だった」と描写されている。映画の画面からもその一端は伝わってきたけれど、ここまではっきりとは分からない。このお母さんがあのセリフを言うのだと思うと感じ方も違う。

 列車についてとか、エンジンなどのメカについてとか、お母さんの出身地の上田の街や、くんちゃんが自転車の練習をする根岸森林公園や、オートバイで走る磯子の街など、私には過剰に思えるくらい説明が詳しい。それで思った。この本の主人公はくんちゃんではなく、語り手つまり細田監督自身なんじゃないかと。

 細田作品の映画を、隣にいる監督の解説を聞きながら観る。そんな疑似体験が(時にうっとおしく感じるかもしれないけれど)できる。

映画「未来のミライ」公式サイト

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烏百花 蛍の章

著 者:阿部智里
出版社:文藝春秋
出版日:2017年7月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 八咫烏シリーズの外伝。このシリーズは、八咫烏が、私たちと同じ人間の形になって暮らしている、という世界で、平安京にも似たその宮廷が舞台。本書には6編の短編を収録。6編を簡単に紹介する。

 「しのぶひと」は、若宮妃付きの真赭の薄と、その弟の明留、若宮の護衛の澄尾の物語。真赭の薄の縁談に絡んで、それぞれの想いが表出する。「すみのさくら」は、若宮妃の浜木綿の物語。身分をはく奪され「墨丸」と呼ばれていた子どもの頃の回想。「まつばちりて」は、下層の遊郭で生まれながら、その才によって宮廷務めに取り立てられた少女、松韻の悲劇的な物語。

 「ふゆきにおもう」は、貴族の娘の冬木と、彼女に仕えていた梓の物語。二人の行く道は一旦分かれ再び交わる。若宮の側近の雪哉の出生について語られる。「ゆきやのせみ」若宮とその側近の雪哉の物語。若宮の気ままな行動に振り回される雪哉。「わらうひと」冒頭の「しのぶひと」と対をなす真赭の薄と澄尾の物語。盲目の少女、結についても語られる。

 6巻ある本編が「后選びの宮廷物語」「皇位継承を巡る陰謀」「外界からの魔物の侵入」「全寮制の男子の成長物語」「異界に迷い込んだ女子高生」「種族間の対決」と、その振り幅の大きさは他に類を見ない。そのためもあって「主要な登場人物」も多いのだけれど、それぞれにきちんと性格付けがされている。本書は、その一人一人の背景にある物語を描く。

 また、カバーに「語られなかったあの人たちの物語」と書いてある。細かいことを言うようだけれど「語られなかったあの人の」「物語」と、「語られなかった」「あの人の物語」と両義になっている。松韻と冬木と梓は、本編ではほとんど、あるいは全く語られていない。その他は、本編で多く語られているが、本書で人物造形が補強され、中にはとても魅力的になった人もいる。

 外伝なので、本編を読んでから読んだ方がいい。また、本編を読み通した人は、本書も読んだ方がいいと思う。というか、読まずに済ませることなんてできないだろう。

 「蛍の章」ということは、これからまだ外伝が出るということだろう。期待が膨らむ。

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神々と戦士たち1 青銅の短剣

著 者:ミシェル・ペイヴァー 訳:中谷友紀子
出版社:あすなろ書房
出版日:2015年6月30日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 私はけっこう海外のファンタジーが好きで、トールキンCSルイスサトクリフDWジョーンズ...などなど、以前はよく読んでいたのだけれど、ここ3年ほどは、年に1~2冊ぐらいしか読んでいなかった。それで、できれば、新しい作家さんの新しいシリーズを、と思って、図書館で探していて本書を見つけた。

 著者のミシェル・ペイヴァーさんは、石器時代のヨーロッパを舞台にした「クロニクル 千古の闇」シリーズで高い評価を受け、2010年に最終巻の「決戦の時」でガーディアン児童文学賞を受賞。本書は、新たに始まった全5巻シリーズの1巻目。

 物語の時代は古代ギリシア。ただし、よく映画や物語の舞台になる、アテネやスパルタといった都市国家が興る2000年ぐらい前の「青銅器時代」。主人公はヒュラスという名の12歳の少年。もっと幼いころに妹と一緒に山で拾われた。以来「よそ者」として村の外でヤギの世話をして暮らしていた。

 ある日、青銅の鎧に身を固め、黒いマントをまとった戦士の一団がヒュラスたちを襲う。ヒュラスは運よく逃げ出したが、妹とはぐれてしまう。どうやら「よそ者」を全員殺そうとしているらしいが、なぜ自分たちが命を狙われるのかはさっぱり分からない。物語はこうして始まったヒュラスの逃避行を描く。

 他の登場人物を2人。族長の息子であるテラモンはヒュラスの親友。身分違いのため周囲には秘密だ。ケフティウという島の大巫女の娘であるピラは、本人に意思に反して結婚のためにここに連れてこられた。同じ年頃の子どもとして相通じる感性と、立場の違いから分かりあえない反発が、うまく物語の中で表現されている。

 その他、まだ名付けられていない「地を揺るがす者」や「野の生き物の母」といった神々への信仰や、「女神の使い」とされているイルカの描写など、本書には興味深いことが描き込まれている。全5巻。ということで、今回はひと山を越えただけ。物語は始まったばかり。これからが楽しみだ。

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