おやすみ、東京

書影

著 者:吉田篤弘
出版社:角川春樹事務所
出版日:2018年6月18日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 4年ほど前に「つむじ風食堂の夜」を読んで、味わい深い物語と洒落た文章がよかった。それを覚えていたので、また読んでみようと思った。

 東京の夜を舞台にした13章からなる物語。主人公は章ごとに入れ替わる。1回だけの人もいるし、2回、3回の人もいる。例えば、映画会社の小道具倉庫の「調達屋」のミツキ、夕方から早朝まで専門のタクシー運転手の松井、電話相談室の深夜帯担当の可奈子、明け方までやっている食堂を共同経営するアヤノ..。

 深夜に働く人が多い。ミツキも監督の要請で、様々なものを探して深夜の街を彷徨する。それは本書が東京の夜、それも深夜から明け方の物語だからだ。全ての章は午前1時から始まる。タイトルは「おやすみ、東京」だけれど、街が眠った後の眠らない人々の物語。

 「つむじ風食堂の夜」と同じく、味わい深い物語だった。章ごとに別々のエピソードがつづられるのだけれど、前後の章は共通の登場人物を通してつながっている。大きな事件は起きないけれど、少しずつ進展する。ある章で主人公が出会った人が、別の章に登場する人の探し人だったり..。

 「洒落た文章」とはちょっと違うけれど、心に残る言い回しは前著と同じくあった。一つだけ紹介。

 この世に「おいしい」という言葉があってよかった。

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「AI失業」前夜 これから5年、職場で起きること

書影

著 者:鈴木貴博
出版社:PHP研究所
出版日:2018年7月2日 第1版第1刷 9月3日 第2刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 AIがもたらす経済・社会の問題について、過去から現在、そして5年後、最大でも10年後までの時間軸で論じた本。

 本書の特長で著者の慧眼は、この時間軸の設定にある。現在「AI」を論じる書籍や記事には、2045年に迎えると言われる「シンギュラリティ(技術的特異点)」の話が、必ずと言っていいほど出てくる。

 しかし、今、私たちが最も問題にしなければならないのは、26年後にAIが人間の知性を越えるのか越えないのか?仕事の半分ぐらいが消滅すると言うけれど本当か?なんて話ではない。これから5年とか10年という、もっと近い将来に起きることにどう対処するのか、の方が大事なはずだ。

 時間軸を「過去」に伸ばしていることも注目に値する。AIの影響は、現代社会の諸問題として既に表れている、と著者は指摘する。例えば、非正規雇用が増え続けている問題がそう。

 これまでのAI研究の成果である「エキスパートシステム」は、コンビニの発注業務をアルバイトができるようにした。小売店にとって「発注」は重要な業務で、従来は熟練の売り場社員しかできなかった。少なくとも「発注」に関しては、熟練の社員は要らなくなり、非正規雇用のアルバイトに置き換わるのは当然の成り行き、という次第。

 こんな感じで、今後についても非常にロジカルに予想する。専門性がある仕事が、AIの開発効率のよい市場の大きいものから順に置き換わる。それは運輸と金融から始まり、ホワイトカラーの仕事の多くに急速に広がる。この予想が当たるか当たらないか、それは分からないけれど、一部はすでに現実になっている。例えば、メガバンク3行は、今後10年間で数万人規模のリストラ計画を発表している。

 最後に。「AIが人間のような知能を獲得することは起きない」を論拠にして「AI失業は怖くない」という議論があるが、その落とし穴にはまらないように、と著者は警告する。その説明が胸に落ちた。「AI失業は怖くない」と思っている人は読むといいと思う。

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0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる学ぶ人と育てる人のための教科書

書影

著 者:落合陽一
出版社:小学館
出版日:2018年11月29日 電子書籍版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 昨年後半から「人生100年時代」が気になっていて、もはや私の「主要なテーマ」と言ってもいいぐらいになっている。本書は友人のFacebookの投稿で知った。著者の落合陽一さんのことは気になっていたこともあって、手に取ってみた。

 人生は学校を卒業してからの方が長い。だから、社会にいながら学び続け、新しい知識を取り込めるか、新しい価値を提供し続けられるか、が鍵になる。本書には、そのためにどうすれば社会に出た後も学ぶ意欲を持ち続けられるのか?について、著者の提案が書いてある。

 全部で3章。第1章は「幼児教育から生涯教育まで「なぜ学ばなければならないのか」」の13問のQ&A。第2章は「落合陽一はこう作られた~」。幼少期から現在まで、どんな教育を受けどんな選択をしてきたか。第3章は「学び方の実践例」。「言語」「物理」「数学」「アート」の4つの要素について紹介。

 第1章には、いいことがいくつか書いてあった。例えば「なぜ勉強しなくてはいけないの?」と聞かれたら?の項。著者の答えは「新しいことを考えたり、新しいことを身につける方法を学ぶため」。「学校の勉強なんて社会に出たらまるで役に立たない」という考えは、教育の「コンテンツ」と「トレーニング」の2つ要素のうち、後者のもつ意味を正しく認識できていない、と。

 もう一つ。「根拠ある反対意見はサンプリングになる」の項。「正解か不正解かだけで判断する教育を受けていると、自分の意見に対する質問や別の意見は、すべて自分の意見を否定するものであり、その人への批判であると受け取ってしまいます」。これは今の世の中に広く見られることで、自戒を含めて本当に「なんとかずべき」ことだと思う。

 第3章には、共感することが書いてあった。「ロジカルシンキングとアカデミック・ライティング」の項。アカデミック・ライティングとは、簡単に言うと「相手が理解できる意味の明確な単語を使い、論理的に正しく意味が伝わる文章を書く」ということ。そのためには論理的な思考(ロジカルシンキング)と、それを言語化する能力が必要。上の「反対意見~」にも関連するけれど、ロジックが通じないと議論ができない。

 ここ数年は「新年最初の読書」の本は、意識して選んでいる。今年は、「人生100年時代」の自分の方向を見い出したい。

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2018年の「今年読んだ本ランキング」を作りました。

 恒例となった「今年読んだ本のランキング」を作りました。小説部門、ビジネス・ノンフィクション部門ともに10位まで紹介します。
 このランキングも今年で10年目です。これで小説部門は100作品、ビジネス・ノンフィクション部門は75作品を、選んできたことになります。
  (参考:過去のランキング
2017年2016年2015年2014年2013年2012年2011年2010年2009年2008年

 今年このブログで紹介した本は102作品でした。☆の数は、「☆5つ」が3個、「☆4つ」が53個、「☆3つ」は40個、「☆2つ」が4個、「☆1つ」が2個、です。
 「☆5つ」は、この数年は3個か4個で安定しています。「☆4つ」「☆3つ」もたいたいこのぐらいの割合で、今年も読書を楽しめました。「☆1つ」を付けたのは10年ぶりです。

■小説部門■

順位 タイトル/著者/ひとこと Amazonリンク
みかづき / 森絵都 Amazon
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昭和の高度成長期に、理想を持って学習塾を立ち上げた創始者夫婦と、その一族三代の大河小説。大らかな夫と意思の強い妻、その血を受け継いだ子ども達が、衝突しながらも支え合うドラマ。
カフーを待ちわびて / 原田マハ Amazon
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沖縄の離島の海と空、ゆったりとした時間を背景にしたラブストーリー。商店を営む男性と、遠くから来て住み込みで働く若い女性の暮らしぶりを描く。デビュー作にして完成度の高い作品。
ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ / 辻村深月 Amazon
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殺人を犯して逃走中の幼馴染を案じて、その行方を捜すライターが主人公の第一部と、逃走中の幼馴染が主人公の第二部からなる二部構成。ミステリーと女友達の人間ドラマの2つが楽しめる。
また、同じ夢を見ていた / 住野よる Amazon
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主人公は小学生の少女。他人にどう思われようが、正しいと思ったことをする。学校に友だちはいないけれど、町には親しくしている大人がいる。少女の成長を感じる物語。大仕掛けあり。
キッチン風見鶏 / 森沢明夫 Amazon
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港町にある洋食屋が舞台。その従業員やお客さんが入れ替わりで主人公を務める。その何人かは幽霊や守護霊が見える。たくさんの物語が同時に進む「誰かを思いやる心」を描いた作品。
最果てアーケード / 小川洋子 Amazon
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使用済みの絵葉書や人形用の義眼など、売れそうもない品々のお店が集まるアーケードが舞台。お店ごとのエピソードを積み重ねていくと「何かが少しだけおかしい」という思いが募る。
原発ホワイトアウト / 若杉冽 Amazon
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現役キャリア官僚のリアル告発ノベル。原発推進のありようを小説の形で伝える。集金・献金システムや、デモ潰しの手法は、具体的で説得力がある。昨今のニュースで思い当たる節もある。
百貨の魔法 / 村山早紀 Amazon
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50年続く地方の老舗百貨店が舞台。従業員やテナントの店員らが入れ替わりで主人公になる。その一人ひとり、お客さんの一人ひとりの物語を、百貨店に伝わる子猫の伝説とともに丁寧に紡ぐ。
盤上の向日葵 / 柚月裕子 Amazon
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将棋の駒と一緒に、山中で発見された死体遺棄事件の捜査に携わる刑事が主人公。捜査の進展と容疑者の生い立ちを並行して描く。将棋の棋士の勝負の世界と、人間の深い業を描いたドラマ。
10 マスカレード・ナイト / 東野圭吾 Amazon
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高級ホテルが舞台のミステリーシリーズ第3弾。殺人の犯人が仮装パーティーに現れる、という密告状が届き、刑事がクラークとなって捜査にあたる。コンシェルジュの仕事ぶりも見どころ。

 今年の第1位「みかづき」は、昨年の本屋大賞の第2位。本屋大賞の関連では、第8位の「百貨の魔法」は今年の本屋大賞の第9位、第9位の「盤上の向日葵」は同じく第2位と、私と本屋大賞は相性がいいらしいです。(ちなみに昨年、私が第1位にした「かがみの孤城」は、今年の本屋大賞でも第1位になりました)

 第2位の「カフーを待ちわびて」は、著者のデビュー作で10年前の作品です。「暗幕のゲルニカ」「楽園のカンヴァス」「サロメ」「たゆたえども沈まず」のアートミステリー作品で、ファンになりましたが、ラブストーリーのこの作品もすごく好きです。続編の「花々」と併せて楽しんでいただきたいです。

 第4位「また、同じ夢を見ていた」、第5位「キッチン風見鶏」、第6位「最果てアーケード」、第8位「百貨の魔法」は、「不思議+ハートウォーム」な作品で、私はそういうのが好物のようです。

 選外の作品として、今村昌弘さん「屍人荘の殺人」、碧野圭さん「書店ガール」、石田衣良さん「うつくしい子ども」、三上延さん「ビブリア古書堂の事件手帖」が、心に残りました。

■ビジネス・ノンフィクション部門■

順位 タイトル/著者/ひとこと Amazonリンク
「南京事件」を調査せよ / 清水潔 Amazon
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「南京事件」「南京大虐殺」について、調査報道の手法で取り組んだレポート。関係者から話を聞き、資料や記録を調べ、分かったことを別の方法で「裏取り」する。渾身の力を込めた報告
AI vs. 教科書が読めない子どもたち / 新井紀子 Amazon
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「いずれは万能に」と思われがちなAIが、実は「意味は分かっていない」と、その限界を指摘。その一方で、今の中高生も大半は同じように「文章の意味が分かっていない」ことも明らかに。
世界の中で自分の役割を見つけること / 小松美羽 Amazon
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気鋭の現代アーティストである著者が、自分の半生と自分に与えられた「役割」について記したもの。この本を通じて「あなたのこれから」を見つけて欲しい、という祈りが込められている。
安倍官邸vs.NHK / 相澤冬樹 Amazon
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「森友学園問題のスクープを連発して左遷されたNHKの記者」が著者。著者がどう取材して、どう報じられたか(報じられなかったか)を記すことで、この問題とNHKの異常さを浮かび上がる。
日本が売られる / 堤未果 Amazon
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「規制改革」の名の下に、「水」「土」「農地」「森」「海」「学校」「医療」「食の選択」が、値札を付けられて売られる。「日本で今、起きているとんでもないこと」が書かれている。
マーケットでまちを変える / 鈴木美央 Amazon
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普段は道や公園などの場所に、ある期間だけ仮設テントなどのお店が集まってお客さまを迎える「マーケット」。「日本中のまちを、マーケットから変えていく」。それができそうに感じる本。
フェルメール最後の真実 / 秦新二、成田睦子 Amazon
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フェルメールの作品に「旅をさせる」(所蔵館から借り出す)ことの実際を、臨場感のある筆致で記したもの。現存する37作品すべてをカラーで掲載、来歴などを含めて解説。実物が見たくなる。
スノーデン 監視大国 日本を語る / 自由人権協会 Amazon
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「デジタル時代の監視とプライバシー」をテーマに、スノーデン氏のインタビューを含む、講演、パネルディスカッションを収録。日本では捜査機関の監視を制限する法律がないことを指摘。
日本史の内幕 / 磯田道史 Amazon
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歴史学者の著者による、古文書にまつわるエッセイ集。ほぼすべてのエッセイに、根拠となる古文書を示し、その意気込みが伝わる。日本の出版文化、災害からの再起など、テーマは深く広い。
10 赤松小三郎ともう一つの明治維新 / 関良基 Amazon
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「全国民に参政権を与える議会の開設」「法の下の平等」など、現行憲法につながる憲法構想を日本で初めて提案した、赤松小三郎の研究書。赤松にだけでなく、憲法観にも新しい光を当てる。

 第1位「「南京事件」を調査せよ」、第4位「安倍官邸vs.NHK」、第5位「日本が売られる」は、ジャーナリストによる作品です。ここ数年、ジャーナリズムに対する期待と不安を感じていますが、このように骨太な報告が出版されることに、小さな安心を感じました。

 第2位「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」は、深刻な問題提起を含んでいると思います。本書では「中高生」ですが、調査をすれば大人も同様の結果なのではないでしょうか?つまり「文章を読んでも意味が(正確に)理解できない」。様々な場面で対話がまともに成り立たないのは、このせいではないかと思います。

 第3位「世界の中で自分の役割を見つけること」、第6位「マーケットでまちを変える」は、何かに真剣に打ち込み結果を出している人の「確かさ」を感じます。その姿を見て、自らのことを顧みると、やりたいこと、やった方がいいことが浮かんで、少し力づけられます。

 選外の作品として、小室淑恵さんの「働き方改革 生産性とモチベーションが上がる事例20社」、鈴木博毅さんの「「超」入門 空気の研究」、小西美穂さんの「小西美穂の七転び八起き」が、良かったです。特に「働き方改革」は、私の「これから」につながりそうな気がします。

安倍官邸vs.NHK 森友事件をスクープした私が辞めた理由

書影

著 者:相澤冬樹
出版社:文藝春秋
出版日:2018年12月25日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 今年の5月に「森友学園問題のスクープを連発していたNHK大阪放送局の記者が突如左遷」と、夕刊紙などで報じられた。記事で「A記者」とされていたのが、著者の相澤冬樹記者だ。そう、本書は著者が森友学園問題の取材を始めたころから、夕刊紙で報じられた「左遷」に至るまでの一部始終を記したもの。読み応えあり。

 最初に言っておくと、タイトルの「安倍官邸vs.NHK」は、一旦忘れてしまっていい。もちろん本書を手に取る人の多くは、このタイトルに何かを期待して手に取る。しかしその期待には応えてくれない。安倍官邸がその時何をしたのか?そのことは何も書かれていない。しかし、本書が読者に伝えてくれることは多い。読む価値はある。

 本書に書いてあるのは、森友学園問題について著者が、どのように取材して、それがどのように報じられたか(あるいは報じられなかったか)だ。いつ、だれを、どこで、なにを、どのように、なぜ取材したか。記者が記事の基本を守って書いた文章は、とても読みやすい。

 安倍官邸のことを書いていないのも、この「記事の基本」のためだ。「ウラが取れていない」ことは書かない。著者は自分が取材したり、NHKの中で体験したりして、見聞きしたことしか書かない。一記者である著者には、官邸からの直接の圧力はかかっていなかった。上層部への圧力は推測できただろうけれど、推測は書かない。まぁ書かないことで「NHKの異常さ」が却って際立っているけれど。

 それでも充分だ。森友学園問題でのNHKの報道に疑問を持った人は多いと思うけれど、「あれはこういうことだったのか」と分かる。きちんと報道されなかった事実も多く明らかにしている。また「これは森友学園の事件ではなく、国有地を格安販売した財務省の事件だ」という定義の仕方は、コトの本質を捉えている。

 その後に続いた加計学園の問題や、国会で次々と持ち上がる政府の不誠実な対応に隠れて、森友学園問題は沈静化してしまっている。本書が、真相究明の再スタートとなってくれることを期待する。

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「超」入門 空気の研究

書影

著 者:鈴木博毅
出版社:ダイヤモンド社
出版日:2018年12月5日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の鈴木博毅さんから献本いただきました。感謝。

 帯でもPRしているけれど、著者には「「超」入門 失敗の本質」という著書がある。旧日本軍の組織的問題を分析した「名著」と言われる「失敗の本質」を、今日的な事例も使って分かりやすく説明した本。これが一部では(私の周辺では)「元の本よりいいのではないか」と評価が高い。

 本書は先の著書に続いての「「超」入門」で、これも「名著」の「空気の研究 」を元にしたもの。紹介も先の著書に倣うと、「空気の研究」を今日的な事例も使って分かりやすく説明した本、となる。

 ここでいう「空気」とは「空気を読め」の「空気」。それに反する言動をとると叩かれる「同調圧力」があり、それは絶対的支配力を持つ。そして「空気」は、場合によっては破滅を招く。「空気の研究」で、旧海軍の中将の言葉が紹介している。「全般の空気よりして、当時も今日も(戦艦大和の)特攻出撃は当然と思う

 著者はこの「空気」を「ある種の前提」という言葉に置き換えることで、「空気」の正体を明らかにすることを試みる。その過程で、日本的ムラ社会を動かす「情況倫理」、日本人を思考停止に追いやる要因、などを解き明かしていく。実に説得力がある。今の日本を覆う「空気」に疑問を感じているなら、一読をおススメする。

 「今の日本を覆う~」と書いたけれど、本書は「現在の日本への警鐘」だ。著者は明示的には書いていないけれど、私は文章の一つ一つにそう感じた。「はじめに」に紹介された「空気の研究」の一文が象徴している。「もし日本が、再び破滅へと突入していくなら、それを突入させていくものは戦艦大和の場合の如く「空気」であり(後略)」

 もう一文、著者の言葉を紹介する。「このような国で、言葉と行動がまったく違っても、恬として恥じないウソつきがいれば、社会に大混乱を引き起こし、国家を未曽有の破滅に誘導できてしまうのです

 これは「オキナワノミナサンノココロニヨリソイ」と言ったあの人のことなのではないか?もちろん著者はそんなことは一言も言っていないけれど...。 

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ラブ・ミー・テンダー

書影

著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2017年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「東京バンドワゴン」シリーズの第12弾。

 今回は、本編からずっと時代を遡って昭和40年代。舞台の古本屋「東京バンドワゴン」の当主で、本編では80代の堀田勘一が40代、その息子でロックスターの我南人はまだ20代だけれど、バンドデビューして少し経っていて、すでに若者に人気のバンドになっている。

 本書では、我南人と後に妻となる秋実の出会いを描く。本当に最初の出会いの場面は「フロム・ミー・トゥ・ユー」で、秋実さんの語り口で描かれている。今回はまさにその場面から始まって、その後の物語を描く。いつものように堀田家には事件が持ち込まれる。そしていつものように鮮やかに(多少強引に)事件を解決する。

 昭和40年代のテレビというと、アイドル歌手が人気になりだしたころで、本書の事件も、アイドルと芸能界やテレビ業界が絡んだものだ。あの頃のアイドルは、一般の人々からすると今よりももっと遠い存在だった。でも、誰かの友達だし、一人の若者として恋もすれば悩みもする。そういう話。

 「シリーズ読者待望」の秋実さんの物語、しかも長編。本編では、秋実さんは、シリーズが始まる数年前に亡くなったことになっていて、誰かの思い出としてしか語られない。その思い出の中で「堀田家の太陽」とまで言われているのに、エピソードはもちろん、どういう人だったのかも分からない。

 それが今回、長編でたっぷりと紹介された。まだ高校生なのだけれど、こんな芯の通った魅力的な人だったとは。登場のシーンからすでに惹きつけられる。その時の我南人もカッコいいし、そこに気が付く秋実もカッコいい。(すみません。ちょっと気持ちが高ぶってしまいました)

 私は「フロム・ミー・トゥ・ユー」のレビュー記事で、「秋実さんの物語が読めて、私は大満足だ」と書いた後で、「更なる欲が出て来た」と続けて、「長編にならないかなぁ」と書いている。その希望が叶った形で、また「大満足」だ。「更なる欲」も、また出てきてしまったけれど...。

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採用学

書影

著 者:服部泰宏
出版社:新潮社
出版日:2016年5月25日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 お世話になっている会社の採用担当の方に教えてもらった本。

 「採用学」という言葉は聞きなれないけれど、それはそのはずで、著者がまさに今、確立に力をそそいでいる(つまりまだ確立されていない)学問領域。企業における人の採用を研究する。欧米には採用に関する膨大な研究蓄積があるけれど、日本ではいくつかの有益な知見が出始めたところらしい。

 著者はまず「良い採用」について考える。ポイントは3つ。1つ目は、高い仕事成果を上げる優秀な人材を得ること。少なくともランダムに採用した時より優秀でなければ、採用活動をする意味がない。2つ目は、会社に中長期的に留まるような人材を得ること。いくら優秀でもすぐに転職されては困る。3つ目は、組織を構成するメンバーに多様性が生じ、結果として活性化を導くこと。

 現在の企業の一般的な採用活動には、このポイントに照らして問題が多い。例えば、優秀な人材を取りこぼさないように、まずは大量にエントリーしてもらう「大規模候補者群仮説」。このために、雇用条件をあいまいにして間口を広げ、ネガティブな情報を伏せる。しかしこれは「魅力的でない求職者」が大量にエントリーするし、入社後の社員と会社の「期待のミスマッチ」を招いて、ポイントの2番目の「中長期的な定着」や、3番目の「活性化」を損なうことにつながる。

 私はごく小規模な職場で働いているので、このような形の採用活動には縁がないけれど、採用面接はする。その「面接」についても、興味深い指摘があった。面接では「コミュニケーション力」が重視されるが、「コミュニケーション力」は後からでも身につけられる、という。まぁ「即戦力」を求める場合は「後から~」なんて言ってられないのだけれど、もっと他に見るべきことがあるんじゃないの?ということだ。

 著者は、元々は経営や行動科学の研究者。考えてみれば「採用」は、「ヒト・モノ・カネ」の経営資源の一つである「ヒト」を得る活動。企業経営の根幹に関わることだ。それにしては、担当者の経験やカンによって進められていて、とても「科学的」とは言えない(と私は思う)。著者らによる「採用学」の知見をいち早く取り入れた企業が、業績を大きく伸ばすようになるかもしれない。

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スタープレイヤー

書影

著 者:恒川光太郎
出版社:KADOKAWA
出版日:2014年8月31日 初版 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 これまでに読んだことのない作家さんの作品を読もうと思って、図書館の書棚を巡っていて見つけた本。著者が、日本ホラー小説大賞を受賞してデビューされた「ホラー作家」だと知ったのは後からで、本書は「異世界ファンタジー」。

 主人公は斉藤夕月、女、34歳、無職。買い物の帰りに「運命のくじ引き」を引いた。三等・一億円、二等・五億円、一等・???。明らかに胡散臭いけれど。そうしたら一等が当たった。一等は「スタープレイヤー」。スタープレイヤーになると、地球とは別の惑星に行って、十個の願いを叶えることができる、という。

 信じられない話だけれど、それは本当だった。夕月は、実家を豪華にした家を建てて住む場所を確保し、若返りと美容整形をして絶世の美女になり、壁で囲まれた広大な庭園を造って宝石をバラまいた。我ながら「下品だ」と思いながら。これで使った願いは3つ。まだ7つある。

 この後、他のスタープレイヤーが訪ねて来たり、そのスタープレイヤーが作った「村」を訪問したり、そこから現地民の村を訪ねていったりする。自分の家の周囲しか描かれていなかった地図が、徐々に範囲を広げていくように、夕月の世界も、そして読者の世界が広がっていく。

 世界が広がるのは良いことばかりでなく、衝突も起きるようになる。この世界ではスタープレイヤーは、死者さえ生き返らせる「全能の神」のような存在。しかし、使える回数に限りがあるその力を「何に使うか?」は、とても悩ましい問題だ。本書の主題はたぶんそういうこと。何人ものスタープレイヤーが登場するが、幸せに暮らしている人ばかりではない。

 面白かった。夕月の願いの使い方は、最初は「下品」かもしれないけれど、分かる。途中、ちょっと危なっかしいこともあったけれど、概ね「良い使い方」を心得るようになった。帯に「新シリーズ、堂々開幕」とあるので、この後も続くのだろう(続編「ヘブンメイカー」が既に出ている)。楽しみだ。

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熱帯

書影

著 者:森見登美彦
出版社:文藝春秋
出版日:2018年11月15日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 森見登美彦さんの最新刊。体調不良による休筆から、2013年に「聖なる怠け者の冒険」で復帰されて、以降「有頂天家族 二代目の帰朝(2015年)」「夜行(2016年)」そして本書と、1年半~2年間隔でコンスタントに新刊が出ている。ファンとしてはそれがうれしい。

 これはかなり奇妙な構造をした物語だ。冒頭部分に「千一夜物語」の説明がある。「千一夜物語」はシャハリヤール王に侍ったシャハラザートが語った寝物語。シャハラザートが語る物語の中の登場人物が、さらに物語を語ったりするので、いわば物語のマトリョーシカみたいな入れ子構造をしている。そして、本書もそうなっている。

 入れ子構造を簡単に説明する。入れ子の一番外側は、森見登美彦さん自身が登場。次の作品の着想が全く浮かばない日常の中で、学生時代に途中まで読んだところで失くしてしまった「熱帯」という本を思い出す。そして別の日に編集者に誘われていった読書会で、「熱帯」を持った女性と出会う。

 入れ子の2番目は、その女性、白石さんの語り。白石さんは勤め先のお客さんである池内さんに誘われて「熱帯」のことを研究する「学団」という集会に参加する。そして「熱帯」を巡るミステリーに巻き込まれる。3番目は、「熱帯」の謎を追って京都に旅立った池内さんから、白石さんに届いたノートに綴られていた物語。4番目は...。

 このような感じで物語は、最初の森見さんの日常から遠くへ遠くへと流れるように展開する。入れ子のかなり内側の物語に、それを研究しているはずの「学団」の人物が登場したり、そもそも本書のタイトルが「熱帯」なので、「学団」が研究しているのは本書なのか?という考えが頭をよぎったり、循環参照的な複雑さを呈している。

 入れ子の何番目かには、「熱帯」という本に記された(らしき)物語が語られる。これがなかなかの奇想文学で、これだけ取り出しても中編作品になったと思う。それが、この複雑な構造の中に、違和感なく収まっている。著者は良いお仕事をしたと思う。

 「複雑な構造」に「読みづらいのでは?」と思う人もいるかもしれないけれど、それは杞憂だ。構造なんて気にしないでドンドン読んでしまえばいい。循環参照になっていても「へぇ~面白いな」と思えばいい。「あれ?これ、そもそもどういう話だっけ?」と我に返ったりしないでいい。コロコロと転がるような展開に、身を任せてしまうと楽しめる。

 そうそう、「吉田山」とか「進々堂」とか、著者のゆかりの場所を知っている人は、そういうのも楽しめる。

 コンプリート継続中!(単行本として出版された作品)
 「森見登美彦」カテゴリー

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