スタッキング可能

書影

著 者:松田青子
出版社:河出書房新社
出版日:2013年1月30日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「なんだこれ?」から「へぇ~面白いじゃん」となった本。

 スマホに登録してある「読みたい本」リストに、書名ではなくて著者の名前が書いてあった。何をきっかけにこれを書いたのが思い出せない。とりあえずデビュー作を読んでみた。

 全部で6編を収録。表題作「スタッキング可能」と「もうすぐ結婚する女」は、それぞれ90ページと40ページほどの中編。そのほかの4編「マーガレットは植える」「ウォータープルーフ嘘ばっかり!」「ウォータープルーフ嘘ばっかり!」「ウォータープルーフ嘘ばっかりじゃない!」は、10~20ページほどの掌編。

 「スタッキング可能」はどこかのオフィスビルが舞台らしい。節の切り替わりにエレベーターの階数表示の図があって、5階とか6階とかの数字が示されている。その階で交わされる会社員たちの会話で物語が構成されている。

 読み始めてから時間を置かずに混乱しはじめた。

 会話の多くは男性社員の女性に対する、あるいは反対に女性社員の男性に対する、どちらにしてもしょーもない話だ。登場人物はA田やB野やC川とかの記号で表される。匿名性が高いので、誰の発言か気にしないで最初は読んでいたけれど、ある時に気が付いた。「B山って書いてあるけど、このことを言ってたのはB田のはず」

 もちろん校正ミスなどではなくて、他でも同じように辻褄が合わないことがある。どういうことなの、これ?...そうか、だからスタッキング可能なのか。

 面白かった。著者にはおそらく「普通」の押し付けに対する強い違和感があって、それはほかの収録作品にも感じられた。もう一つ特長をあげると、言葉のリズムとか音の表現がとても心地よかった。...マーガレット・ハウエル。

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童子の輪舞曲 僕僕先生

書影

著 者:仁木英之
出版社:新潮社
出版日:2013年4月20日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 直球の慣れ親しんだ世界観に浸っていたら、最後に変化球を投げられて面食らった本。

 「僕僕先生」シリーズの第7弾。シリーズで初めての外伝で、6編を収めた短編集。

 6編をそれぞれ簡単に。「避雨雙六」は、師弟の雨宿り中の双六遊び。思い浮かべた願いに合わせてあがりまでのマス目が変わる。僕僕先生のマス目は50ぐらいなのに、主人公王弁のはすさまじい数だった。「雷のお届けもの」は、人間の見ながら雷の国に住んで修行する少年の話。ある日雷王が持つ宝貝を龍王に届ける役目を、雷王自身から命じられる。

 「競漕曲」は、僕僕先生の一行が不思議な結界によって、港町から出られなくなった話。これといった特技のない呑気な王弁と、凄腕の殺し屋の劉欽が協力して脱出を図ることに。「第狸奴の殖」は、一行に同道する猫に似た動物の第狸奴の「さかり」の話。異界の生き物にも繁殖期がある。王弁が第狸奴の相手を探すことになった。

 「鏡の欠片」は、長安の仙人に使える二人の童子の活躍。ご主人さまの仙人が半分だけの妖しげな鏡の中に吸い込まれてしまう。助けるために向かった先に鏡のもう半分があって..。「福毛」は、シリーズ中の異色作。舞台は現代の日本で、主人公も日本人の高橋康介。性格は筋金入りの怠惰。ということはもしかして..。

 いろいろな登場人物の個性が垣間見られてよかった。いやこれまでも主人公以外の人物のことも丁寧に描かれていたけれど、少し角度を変えて焦点を当てた感じで意外な面も明らかになった。著者の「あとがき」によると「お話の種が積みあがって」いるそうだから、また外伝が出るかもしれない。

 「福毛」には驚いた。この話はまだ膨らむのかな?

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デュラス×ミッテラン対談集 パリ6区デュパン街の郵便局

書影

著 者:マルグリッド・デュラス、フランソワ・ミッテラン 訳:坂本佳子
出版社:未來社
出版日:2020年3月31日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「本」と「まちづくり」に興味がある人にはとてもためになる本。

人格は経験によって造られるのだなぁと思った本。

友達がこの本を紹介したのを読んで、興味が湧いたので読んでみた。

フランソワ・ミッテランとマルグリッド・デュラスの対談集。ミッテランは1981年から1995年までの二期務めた元フランス大統領。50代より上の世代なら知っている人も多いはず。デュラスはフランスの作家。デュラスの名前は知らなくても、「愛人/ラマン」という1984年発表の世界的大ベストセラーになった著書は知っている人がいるかもしれない。

二人に対するこの説明で思い浮かべるであろう「一線を退いた政治家と昔のベストセラー作家の対談」という評は2つの意味で間違っている。1つめ。この対談は1985年と翌1986年に5回に分けて行われた。つまり二人とも、現役の大統領でありベストセラー作家であったときの対談であること。2つめ。二人は第二次世界大戦中のレジスタンス運動の同志で幾度も共に死線をくぐってきた間柄。政治家と作家という以上の結びつきがある。

話題は、戦時中の話から始まる。デュラスの義妹のアパートがゲシュタポに踏み込まれ、すぐ近くにいたミッテランとデュラスは間一髪で逃げおおせたが、デュラスの夫と義妹は逮捕され収容所に送られてしまう。その悲劇的な出来事があったアパートの下に「デュパン街の郵便局」はある。本書のタイトルには強烈な意味があるのだ。

他にフランス国内の選挙と政治の話、人種差別の話、安全保障の話、ミッテランが毎年のように出かけたアフリカの話、アメリカとロナルド・レーガンの話,,話題は多岐にわたり、デュラスがミッテランに聞く、ということが多い。友人でありながらその問いかけは、いい加減な答え方を許さない。

正直に言って、私の暮らしに直結する話題は皆無だ。それでも食い入るように読んでしまった。なぜなのか?考えても「これだ」という答えには、未だたどり着かないのだけれど、二人の「言葉の重み」を、特に近年の政治家の言葉からは感じたことのない重み、を感じたことは確かだ。

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追憶の烏

書影

著 者:阿部智里
出版社:文藝春秋
出版日:2021年8月25日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 シリーズの馴染みの登場人物が退場して、新しいキャラクターが登場、先が楽しみになった本。

 累計170万部の「八咫烏」シリーズの第二部の2巻目。1巻目は「楽園の烏」で、第一部の終わりから20年が経っていた。本書はその20年間の空白を埋める物語だった。

 主人公は雪哉。皇帝が皇太子の頃からの側近の武官。20年後を描いた前巻で彼は、博陸候雪斎と名乗ってこの八咫烏の世界である「山内」を取り仕切っている。如何にしてそのような存在に...というお話。

 物語は幸せそうな空気をまとって始まる。皇帝の一人娘の姫宮に雪哉はたいそう慕われている。雪哉もそれに応えて、公式行事での初めての大役を務める姫宮の側に付き従ったり、地方の花祭りに出掛けた際には、人知れぬ桜スポットにお忍びで連れ出したりもする。

 しかししかし。第一章を幸せそうに終えた第二章で物語は急降下する。重要人物を見舞った不測の事態。後に明らかになった仔細は壮絶なものだった。これによって波乱の舞台が幕開け、物語は二転三転と大きく振幅を繰り返して、雪哉と姫宮もそれに翻弄される。

 期待どおりに裏切られた。このシリーズの第一部は新しい巻が出るたびに、それまでとは趣向の違う物語になっていたりして、毎回「そう来たか!」と感じることがあった。本書での「重要人物の不測の事態」は予想外で(よくよく思い出せば前巻にヒントはあったのだけれど)、「え!?」と思った。

 そんなわけで次の巻が何を描くのか予想は難しいけれど、本書の終章には予告編めいたエピソードが描かれている。まだまだ楽しませてもらえそうだ。

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ペッパーズゴースト

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:朝日新聞出版
出版日:2021年10月30日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「やっぱり好きだ。こういう伊坂作品を読みたかった」という本。

 伊坂幸太郎さんの書き下ろし最新刊。

 主人公は中学校の男性国語教師の檀千郷。生徒の一人から「自作の小説を読んでほしい」とノートを渡された。その小説は、ロシアンブルとアメショーという名の二人組の話。二人はネットに公開された猫の虐待動画に声援を送るなどした人々を、探し出して制裁を加える。猫がされたのを同じ目にあわせて。

 檀先生は特殊な体質の持ち主。他人の未来が見える。誰かの飛沫を浴びると、その人の翌日の出来事が映像として見える。何かの役に立ちそうだけれど、そうでもない。他人の不幸を知っていながら、何もできない自分に悩むことの方が多い。同じ体質を持つお父さんは「つらいことばかりだ」と言っていた。

 物語は、檀先生の日常と、生徒が書いた小説と、もう一つ、5年前におきた籠城事件「カフェ・ダイヤモンド事件」の被害者遺族の会の活動の、3本が並行する形で進む。まぁお約束のようにこの3本のストーリーはやがて交差し始める。もちろん檀先生の体質も、終盤に控える大事件で大いに役に立つ。

 面白かった。本書の公式サイトのインタビューで伊坂さん自身が「得意パターン全部乗せ」とおっしゃっている。その言葉通りで、伊坂さんの作品で私が好きな「気の利いた会話」「愛すべきキャラクター」「巧みな伏線」が全部揃っている。さらには生徒が書いた小説という「作中作」には、「こんなことするの?」という遊びや、「こんなことあるの?」という巧みさがあって楽しかった。

 作品間リンクもいくつかある。伊坂幸太郎ファンは必読。

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ブックフェスタ 本の磁力で地域を変える

書影

著 者:礒井純充、 橋爪 紳也 ほか
出版社:一般社団法人まちライブラリー
出版日:2021年9月18日 第1版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「本」と「まちづくり」に興味がある人にはとてもためになる本。

 本書は「まちライブラリーブックフェスタ・ジャパン2020」という催しを再構成してまとめたもの。この催しは、図書館や書店といった本のある場所が垣根を越えて互いに訪れる機会を増やそうと2015年に始まった。「本のある場所」に「まちライブラリー」が含まれる。

 「まちライブラリー」は、お店や個人が用意した場所に、他の人が本を持ち寄って作る本棚。貸し借りや本の話をきっかけにしたコミュニケーションなどを通して、まちに開かれていることが特長。全国に広がる小規模な図書館「マイクロ・ライブラリー」の一つの形態でもある。

 4章構成で、第1章が「本」と「人」を考える5つの講演録。公共図書館のあり方やまちづくりとの関わりなど、多彩な視点から述べられている。第2章は「ブックツーリズム」がテーマ。原田マハさんを囲んだ話し合いと、奥多摩での実践の報告がある。第3章は「マイクロ・ライブラリー」について。中国と日本での様子が報告される。第4章は「マイクロ・ライブラリー」を実践する12か所からの報告。

 私は「本」にも「まちづくり」にも興味がある。だから読んでいて「ためになる」というか、栄養が沁み入ってくるような感じがした。実践報告に「あぁそういうやり方がいいのか」と思ったり、自分のことに関連付けて考えたり、講演で述べられた考え方に共感したりした。

 原田マハさんの「読書の神様」のお話は特によかった。私にもそのような神様が降りてきてくれないかと思った。そしてこの言葉が印象に残った。

 読書をする人の姿はとても美しい

 

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記憶のデザイン

書影

著 者:山本貴光
出版社:筑摩書房
出版日:2020 年10月15日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「すぐ検索して調べる習慣」に対する、漠とした違和感に少し形を与えてくれた本。

 本書の問題意識をよく表しているので、まず表紙裏の紹介文の冒頭を引用。

 インターネットと人工知能の進展を背景に、真偽不明な情報が増え続け、拡散されるようになっている。個々人の記憶がかつてない速さで書き換えられていくなか、記憶を良好な状態で保つには何が必要か。

 インターネットが普及する以前は、新聞やテレビ・ラジオから一日に一度か二度ぐらい流されるものだったニュースが、今はそうしようと思えば常に最新情報を得ることができる。SNSの普及によって、以前は決して目にすることのなかった他人のつぶやきを見ることもできる。

 質・量・頻度において、かつてない大量の情報を吸収しながら、私たちの記憶は形づくられていく。さらに厄介なことに、その大量の情報の中に、真偽不明なものが相当量混じっている。

 この問題意識を出発点に、現在の情報環境と記憶について考察を進める。例えば「ネットで検索すれば何でもわかるから、わざわざ覚える必要はない」という主張について検討する。また、記憶がどのように形作られるか?を「自然」「技術」「社会」「精神」の4つとの関係において考える。

 著者は博識らしく、ガタリ(フランスの哲学者)から押井守監督のアニメ映画まで、古今の文献を引く。本人も認めているけれど、回り道を経て「記憶を良好な状態で保つには何が必要か」という、最初の問題意識に戻ってくる。著者が考える「自分の記憶をデザインする」方法についても述べられている。

 「長期記憶の更新を怠れば、やがて同じような話ばかり繰り返す人になってしまうかもしれない」

 これは本書後半の一文だけれど、私はこの一文が胸に落ちた。そもそも「良好な状態を保つには?」という問いには、「放っておいたら良好でなくなる」という含意がある。長期記憶に記銘するには繰り返しと時間が必要だ。ネットから際限なく受け取る大量の断片のような情報は、短期記憶としてしか残らない。

 その人の人間性を形成するのは長期記憶だ。放っておいたら聞いたことを話すだけのレコーダーのような人になってしまう。著者は「それで構わないという人もいるだろう」なんて突き放した皮肉を言っているけれど、著者と同じく私もそれでは嫌だ。

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2021年の「今年読んだ本ランキング」を作りました。

 毎年年末に発表している「今年読んだ本のランキング」、少し遅くなりましたが2021年の分を作りました。小説部門、ビジネス・ノンフィクション部門ともに10位まで紹介します。
  (参考:過去のランキング 2020年2019年2018年2017年2016年2015年2014年2013年2012年2011年2010年2009年2008年

 2021年このブログで紹介した本は82作品、2010年から11年間続けた「年間100作品以上」が途絶えてしまったのは残念ですが仕方ありません。☆の数は、「☆5つ」が3個、「☆4つ」が51個、「☆3つ」は26個、「☆2つ」が2個、です。
 「☆4つ」以上が2020年と同じぐらい(2021年は54個、2020年は59個)なので、紹介した作品数は少なくてもよい本に巡り合えて、例年どおりに読書が楽しめた、ということでしょう。

■小説部門■

順位 タイトル/著者/ひとこと Amazonリンク
1 滅びの前のシャングリラ / 凪良ゆう Amazon
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「1カ月後に地球に小惑星が衝突する」という世界を描いたディストピア小説。冴えないぽっちゃり体型の主人公が、クラスメイトの美少女を守るナイトぶりを見せる。他にも魅力的なキャラが活躍する。
2 リボルバー / 原田マハ Amazon
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ファン。ゴッホの死を巡るミステリー。主人公が勤めるパリのオークションハウスに「ファン・ゴッホを打ち抜いたもの」というリボルバーが持ち込まれた。極上のアートミステリーの世界に引き込まれた。
3 臨床の砦 / 夏川草介 Amazon
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新型コロナウイルス第3波の下の医療現場を伝えるための緊急出版。感染症指定病院として地域のコロナ診療を一手に引き受ける、長野県の小さな総合病院が舞台。現場の医療関係者の踏ん張りに心打たれた。
4 ザリガニの鳴くところ / ディーリア・オーエンズ Amazon
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全世界で1000万部突破の大ベストセラー。米国ノース・カロライナ州の湿地に暮らす少女が主人公。家族が去って10歳の時から一人で生きてきた。少女の力強さと、悪意が多い中での善意の温かさを感じた。
5 白鳥とコウモリ / 東野圭吾 Amazon
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東野圭吾版「罪と罰」。弁護士がナイフで刺された殺人事件で、あっさりと自白した容疑者。しかし、容疑者の息子と被害者の娘が、その供述に違和感を抱く。30年の時を超える重厚なミステリーだった。
6 犬がいた季節 / 伊吹有喜 Amazon
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三重県の高校が舞台。その学校の昭和63年度、平成3年度、6年度、9年度、11年度の卒業生と一匹の犬の物語。その犬は恋する人の匂いが分かったるする。犬の目から見た高校生たちの青春物語が瑞々しかった。
7 52ヘルツのクジラたち / 町田そのこ Amazon
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誰にも言わずに東京から大分の海辺の町に引っ越してきた女性が主人公。ある雨の日に出会った、やけに薄汚れた体の中学生との関わりを描く。読むのがつらいひどい話もあったけれど、読んでよかった。
8 プリンス / 真山仁 Amazon
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東南アジアの架空の国の大統領選を巡る陰謀。大統領候補の上院議員の息子と、彼と行動を共にする日本の大学生らを描く。民主主義を勝ち取るための文字通り命がけの戦いに、東南アジアの熱気を感じた。
9 三つ編み / レティシア・コロンバニ Amazon
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2017年フランスで出版された大ベストセラー。インド、イタリア、カナダでそれぞれ暮らす3人の女性が主人公。想像を絶する境遇の女性もいるのだけれど、彼女たちのしなやかな力強さに深い感銘を感じた。
10 きのうのオレンジ / 藤岡陽子 Amazon
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冒頭で胃がんの告知を受けた30代の男性が物語の中心。物語が進むにつれていつしか物語は「残された日々」になる。男性の母、弟、高校の同級生の人生も重層的に描かれ、何度か涙がにじんだ。

 今年の第1位の「滅びの前のシャングリラ」は、私は魅力的なキャラクターが登場する物語が好物なので1位になりました。本屋大賞でも1位かと予想していたのですが、第7位と上位にはいりませんでした。

 第2位の「リボルバー」は、原田マハさんの作品でファン・ゴッホを描いたもので、原田さんもゴッホもどちらも私は大好きです。「原田マハさんにハズレなし」と思っています。

 第3位「臨床の砦」は、コロナ禍の地域医療の現場を描いた作品です。夏川さんは現役の医師で、これまでにも医療現場を舞台にした素晴らしい作品が多いですが、本作の臨場感はノンフィクションと捉えてもいいのではないかと思います。

 選外の作品として、 天花寺さやかさん「京都府警あやかし課の事件簿2 祇園祭の奇跡」「3 清水寺と弁慶の亡霊」のシリーズ、青山美智子さん「お探し物は図書室まで」、小路幸也さん「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」が候補になりました。

■ビジネス・ノンフィクション部門■

順位 タイトル/著者/ひとこと Amazonリンク
1 認知バイアス 心に潜むふしぎな働き / 鈴木宏昭 Amazon
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認知バイアスとは「心の働きの偏り、歪み」で、そのために「実際にはそうではないのにそう思ってしまう」。新型コロナウイルスに対する私たちの(社会の)ありように、たくさんの示唆を含んだ本。
2 多数決は民主主義のルールか? / 斎藤文男 Amazon
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「多数決ならどんなことをどのように決めてもよいのか?」を改めて考える本。「よくない」ということがよく分かった。特に「どんなことを」決めてはいけないのかは、民主主義の国に暮らす者として必見。
3 海をあげる / 上間陽子 Amazon
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著者は東京と沖縄で未成年の少女たちの支援に携わる。著者自身のこと、家族のこと、支援している少女たちのこと、沖縄のことを書いたエッセイ集。本当の現場からのレポートに、強く衝撃を受けた。
4 News Diet(ニュース ダイエット) / ロルフ・ドベリ Amazon
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「生活から(最新情報的な)ニュースを絶とう」という提案。自分の能力の及ぶ外側のことには関与も対応もできないのだから。欠かさずニュースを見ている私には、思い当たることがたくさんあった。
5 デジタル・ミニマリスト / カル・ニューポート Amazon
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「自分が重きを置いていることがらにプラスになるか否か」を基準に、デジタルツールの最適化を図ろう、という提案。ソーシャルメディアは人間の心理を利用して、意図的にユーザーの時間を奪っている。
6 デジタル・ファシズム / 堤未果 Amazon
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官民を挙げてデジタル化を進める世に警鐘を鳴らす本。デジタル化を進めることで何が危険なのか?私たちは何を差し出すことになるのか?を具体的に指摘。知らないことばかりでとても驚き心配になった。
7 21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由 / 佐宗邦威 Amazon
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「ビジネスをより効率的にする」MBA的思考に対して、デザイン思考は「まったく新しい事業、商品などを創る」。曖昧な感じが残るこの説明も、具体例を読むと「こういうことかな?」ぐらいには分かる。
8 公務員のための情報発信戦略 / 樫野孝人 Amazon
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著者が広島県福山市で実践した地方自治体の情報発信戦略の手法をまとめたもの。民間会社の使い方やプレスリリースの仕方など、公務員向け限定の内容ながらとても実践的で役に立つ。自治体関係者必見。
9 「居場所」のない男、「時間」がない女 / 水無田気流 Amazon
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会社(仕事)以外の場所での関係が築けていない「関係貧困」な男性。1日の中でも人生でも時間に余裕がない「時間貧困」な女性。どちらもこの国の問題の一面を明確に切り取っていて身につまされる。
10 雑草と楽しむ庭づくり オーガニック・ガーデン・ハンドブック / 曳地トシ 曳地義春 Amazon
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雑草との付き合い方を指南する本。庭でよく見る雑草の解説や雑草を生やさない工夫や生かし方などがコンパクトにまとめてある。「雑草の生かし方」いう発想が斬新。肩の荷が下りてとてもありがたかった。

 第1位の「認知バイアス 心に潜むふしぎな働き」は、以前から興味がある分野ですが、新型コロナウイルスに関する報道や身の回りの出来事が、この本に関する関心と評価につながったと思います。

 同様のことは4位の「News Diet(ニュース ダイエット)」と5位の「デジタル・ミニマリスト」にも言えます。毎日毎日繰り返し報道される東京や大阪の感染者の数に「こんなことより知るべきことが他にあるはず」と思い、入ってくる情報を自分でコントロールしようと思いました。

 第2位の「多数決は民主主義のルールか?」、第3位の「海をあげる」は、安倍政権以降の政治や社会に対する不満と不安を反映したものです。再度、政権が変わりましたが状況が良くなるのかどうかわかりません。

 選外の作品として、レイチェル・カーソンさんの「沈黙の春 」、デヴィッド・グレーバーさんの「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」、千葉聡さんの「進化のからくり」が候補になりました。

書影

著 者:道尾秀介
出版社:集英社
出版日:2021年10月10日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「自分で選ぶ」ということが、こんなにも楽しみを添えるのかと思った本。

 最初に言っておかなければならないのは、本書が他の本にはない特徴をもった小説であることだ。本書は章が6章あるのだけれど、そのどの章からでもどの順番で読んでもいい、ということだ。本書の最初に各章の冒頭部分がそれぞれ書かれているので、読者はそれを読んで自分で読む順番を決める。6の階乗で720通りの読み方がある。

 各章はそれぞれ独立した物語の短編になっていて、登場人物や出来事が互いに共通しているので「連作短編集」でもある。舞台となっているのはアイルランドの首都ダブリンと、国内の海辺の町のどちらか。ある章に登場する中学生は、別の章では看護師として働いていたり、ある章に登場する老人の若いころの姿が別の章で描かれていたりする。

 ストーリーについては、読む順番に影響を与えないようにキーワードだけ。殺人事件を追う刑事、ペット探偵、残された子ども、ターミナルケア、孤独、贖罪、後悔、秘された過去...。こう書いてくると暗い物語のように感じるかもしれないけれど、登場人物の何人かには独特のユーモアがあって、けっこう気楽に読むことができる。

 面白かった。おかしなことを言うようだけれど、私が選んだ順番で読むのが一番面白んじゃないか?と思った。最初に読んだ章に登場する少女のその後が、ちゃんと次に読んだ章で描かれていた。別の章で読んだ少し謎がある人物の過去が、そのあとで明かされた。これが逆だったら、ちょっとつまらないかもしれない。確かめようがないのだけれど、そう思った。

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いちばん親切な 西洋美術史

書影

著 者:池上英洋、川口清香、荒井咲紀
出版社:新星出版社
出版日:2016年7月25日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「好き」なだけじゃなくて「詳しく知りたい」と思って読んだ本。

 本書は西洋美術の様式や時代区分、ジャンルや技法などを、時代を追って紹介する。様式や時代区分として「エジプト・メソポタミア」から始まって、「エーゲ文明・ギリシャ」「ロマネスク・ゴシック」「ルネサンス」「バロック」「印象派」などがあって、最後は「現代美術」で全部で17個の分類がある。

 それぞれの分類に対して2個から10個の、全部で100近くの項目がある。例えば「ルネサンス」なら「ボッティチェリ」「ダ・ヴィンチ」「ラファエッロ」「ミケランジェロ」など、芸術家の名前を含む項目名が多いけれど、「ロマネスク・ゴシック」では「柱頭彫刻」「ステンドグラス」「修道院と写本」といった「モノ」が項目名になっていて、柔軟な感じだ。

 各項目は見開き2ページに収められていて読みやすい。私は1ページから順に読んだけれど、興味のあるところを読むのでも支障はないと思う。日本で人気が高く、私も大好きな(それ故に少しは知識もある)「印象派」の分類が「モネの実験」「ジャポニズム」「ルノワール」の3項目とコラムしかないのは意外だったけれど、エジプトから始まる西洋美術の中では、妥当な分量なのだろう。

 私は美術展によく足を運ぶ方だと思う。以前に「絵を見る技術」という本を読んだときに改めて認識したことだけれど、美術展で「何か見逃してきたんじゃないか?」という気持ちがあって、それでこんな本に興味が湧いて読んでみた。(同じ理由で「東京藝大で教わる西洋美術の見かた」も読んでみたいと思っている)

 5000年の美術の歴史、「絵画」に限って言えば2000年分ぐらいを、順に観る機会を得て感じたことがある。揺り戻しはあるけれど、基本的には「制約からの解放」が繰り返されていることだ。今では当たり前の風俗画や風景画、静物画は、長く「宗教」と「人物」という制約があって、17世紀ぐらいまでは「あり得なかった」。

 他には「印象派」は、当時としては斬新すぎるモネの作品「印象、日の出」を、批評家が皮肉った呼び名だった、ということは有名な話。そして現代。様々な制約から自由になった。なにかこう「糸の切れた凧」を思い浮かべてしまった。

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