人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊

書影

著 者:井上智洋
出版社:文藝春秋
出版日:2016年7月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 今年は「AI(人工知能)」についての理解を深めようと思った。何冊か見つけた本の中から本書を選んで、今年最初の1冊にした。

 2年ほど前から「シンギュラリティ(技術的特異点)」という言葉を聞くようになった。このまま技術が進歩すると、1台のコンピュータの計算速度が、全人類の脳全てに比肩する時が来る。そうなるとAIが人間の知性を凌駕する。その時点のことを「シンギュラリティ」と呼び、おおむね2045年と予測されている。

 この「シンギュラリティ」を迎えると、社会の様々なことに大きな影響を与えるとされている。そのとき何が起きるのか?本書はそのうちの経済成長や雇用への影響についてを記す。著者はマクロ経済学者であるが、学生時代に計算機科学を専攻して人工知能に関連するゼミに属していた、という経歴の持ち主。このテーマにピッタリだ。

 本書は、第1章で「機械の叛乱の懸念」といった「機械VS.人間」の最近の話題から入って、第2章で、著者なりのAIについての今後の見通しを語る。続く第3章4章で、経済への影響について詳述する。このあたりで「なくなる仕事、残る仕事」が話題になり、2045年には「全人口の1割ほどしか労働しない」、言い換えると「人口の1割分の仕事しかない」社会が予想される。
 
 悲観的な予想に思うかもしれない。かつて「機械やコンピュータの導入が、仕事を奪う」と言われた。しかし、部分的には機械に代替されて失業があっても、全体的には市場が拡大し、新しい仕事が生み出されて、大きな問題にならなかった。「今回もそうなのではないか?」。しかし、著者はとても丁寧な説明によって、この考えが楽観的に過ぎると教えてくれる。

 ただし悲観にくれるのは早い。著者は、多くの人が失業して貧しくなるディストピアか、全ての人々が豊かさを享受できる社会か、私たちはまだ選べる、と言っている。第5章で、後者の選択の方法として「ベーシックインカム(BI)」を、著者は提言している。

 実はBIのことは帯にも「はじめに」にも書いてある。私は、BIについて最初はとても懐疑的だったのだけれど、読み終わってみると「これしかないんじゃないか」と、思うようになった。

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2016年の「今年読んだ本ランキング」を作りました。

 恒例となった「今年読んだ本のランキング」を作りました。小説部門は例年どおり10位まで、ビジネス・ノンフィクション部門は例年は5位までですが、今年は10位まで紹介します。
  (参考:過去のランキング 2015年2014年2013年2012年2011年2010年2009年2008年

 今年このブログで紹介した本は103作品でした。☆の数は、「☆5つ」が3個、「☆4つ」が49個、「☆3つ」は48個、「☆2つ」が3個。です。
 「☆5つ」が3個あってよかったです。ない年も多くて、そういう年は少しさびしいので。「☆4つ」と「☆3つ」が半数ずつになりました。なんとなくいいバランスかな、と思います。

■小説部門■

順位 タイトル/著者/ひとこと Amazonリンク
東京會舘とわたし(上)旧館(下)新館 / 辻村深月 Amazon
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皇居の向かいに実在する「東京會舘」が舞台、というか主人公。大正11年の創業後、地震と戦禍をくぐりぬた100年近い歴史を描く。著者自身に重なる部分もある10個の物語。珠玉の名品。
君の名は。Another Side:Earthbound  / 加納新太 Amazon
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大ヒット映画「君の名は。」のスピンオフ作品。脇役の4人を主人公として、映画にはないエピソードをつづる。それによって、映画では背景に隠れていた、作品の世界観が明らかになる。
羊と鋼の森 / 宮下奈都 Amazon
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2016年本屋大賞受賞作。北海道の青年がピアノ調律師のとして成長していく物語。「音楽」が聞こえてくるような、読んでいて心地いい文章。そんな「文章の力の可能性」を感じる作品。
 / 東山彰良 Amazon
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2015年上半期の直木賞受賞作。1970~80年代のエネルギーに溢れる台北の街が舞台。主人公の若者の喧嘩、友情、恋、別離などを描きながら、その祖父の死の謎も追うミステリー。
夜行  / 森見登美彦 Amazon
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仲間の一人が失踪した「鞍馬の火祭」の見物、10年後に集まったかつての英会話サークル仲間たちの物語。それぞれが「夜行」という名の銅板画の連作との、不思議な因縁を語る怪異譚。
烏に単は似合わない / 阿部智里 Amazon
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八咫烏の一族が支配する、平安京に似た煌びやかな宮廷が舞台のファンタジーシリーズの第1作。シリーズは現在5作まで出ていて、巻を重ねるごとに物語の奥行きが深まるミステリー。
武士道シックスティーン / 誉田哲也 Amazon
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高校生の「剣道女子」を描く4巻のシリーズの第1作。宮本武蔵を「心の師」と仰ぎ、「五輪書」が愛読書という主人公がぶっ飛んでいる。剣の道を邁進する女子のちょっと不器用な友情物語。
はかぼんさん 空蝉風土記 / さだまさし Amazon
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ノンフィクション系作家が訪れた京都、能登、信州、津軽、四国、長崎、6か所で遭遇した不可思議な出来事をつづる奇譚集。「まっさん」と呼ばれる主人公を、まっさん(さだまさしさん)が描く。
ぼくは明日、昨日のきみとデートする / 七月隆文 Amazon
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「恋愛小説のおすすめランキング」で長く1位をキープ、映画化もされた作品。京都の美大男子の一目ぼれ恋愛物語。この恋愛には実は大きな仕掛けがあって、それがもうほんとうに切ない。
10 ローカル線で行こう! / 真保裕一 Amazon
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宮城県にある赤字ローカル線が舞台。そこに社長として大抜擢された若い女性と、県庁から送り込まれた副社長の男性の奮闘物語。ローカル線の再生は、地域の再生、人の再生でもある。

 今年の第1位「東京會舘とわたし」は、小説ではただ一つの☆5つの作品で文句なく決まりました。レビュー記事で書きましたが、10個の物語それぞれが、珠のように滑らかに優しく光って見えました。いい作品に出会えました。

 2位「君の名は。Another Side:Earthbound」は、映画のヒットがあってこその作品ではあります。しかし、その世界観や人物の背景は、単なるスピンオフの域を越えています。映画を観た人におススメしたくて上位にしました。

 選外の作品について言うと、加納朋子さんの「トオリヌケキンシ」、朝井リョウさんの「星やどりの声」、近藤史恵さんの「スーツケースの半分は」が、心に残りました。深緑野分さんの「戦場のコックたち」、市川憂人さんの「ジェリーフィッシュは凍らない」は、ミステリーとしてとても楽しめました。

■ビジネス・ノンフィクション部門■

順位 タイトル/著者/ひとこと Amazonリンク
紙つなげ!彼らが本の紙を造っている / 佐々涼子 Amazon
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東日本大震災で壊滅的な被害を受けて完全に機能停止した「日本製紙石巻工場」の復活の記録。紙は私達になくてはならないものだけれど「ある」ことが当たり前すぎて、それに気がつかない。
政府は必ず嘘をつく 増補版 / 堤未果 Amazon
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著者が米国で取材中に何度も言われた言葉、それは「アメリカを見ろ、同じ過ちを犯すな」。9.11後のがれき除去の現場で米政府は「ただちに健康に被害はありません」と言い続けたという。
ドキュメント 戦争広告代理店 / 高木徹 Amazon
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ユーゴスラビアの紛争の際に、ボスニアと契約を結んだ米国のPR企業の「活躍」を記したノンフィクション。力のあるPR会社がついた方が「正義」になる。そんな怖いことが現実になっている。
幻影の時代 マスコミが製造する事実 / D・J・ブーアスティン Amazon
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「ドキュメント 戦争広告代理店」と同種の警鐘を鳴らす本。こちらは50年以上も前に出版された本。にすでに「ニュースの製造」という言葉で、マスコミの恣意的な報道姿勢を指摘していた。
「イスラム国」の内部へ / ユルゲン・トーデンヘーファー Amazon
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ドイツ人ジャーナリストがイスラム国に入り、その内情を伝えた貴重なレポート。危険極まりない行為は「真実を求めるには、常に双方との話し合いが必要になる」という信念に基づいている。
「学力」の経済学 / 中室牧子 Amazon
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「教育経済学」という「教育に関する施策の効果をデータを使って測る」学問の書。教育に関する様々な疑問を、「個人の体験」や「思い込み」を排除して、教育経済学の手法によって検証する
コンセプトのつくり方 / 山田壮夫 Amazon
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データを基にした「客観的・論理的思考」では辿りつかない「正解のない」課題の解決のための、主観的な経験や直感までも駆使する「身体的思考」。その方法論、トレーニング法を解説。
ネット炎上の研究 / 田中辰雄 山口真一 Amazon
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「ネットの炎上」を計量経済学の手法を用いて解き明かしたレポート。「炎上事件に書き込んでいるのはインターネットユーザの0.5%」「直接当事者を攻撃するのは10万人に数人と算出。
ぼくらの民主主義なんだぜ / 高橋源一郎 Amazon
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あまり意識する必要のなかった「民主主義」を、意識しなくてはいけないような時勢の中で出た本。朝日新聞の月一回掲載の「論壇時評」をまとめたもの。絶望的な状況に抗う言葉の数々。
10 あの日 / 小保方晴子 Amazon
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「STAP細胞」騒動の渦中の人物である小保方晴子さんの手記。あくまでも小保方さんが主張する「事実」で、真偽のほどは不明。でも、メディアが伝えていないことがたくさん書かれている。

 例年は5位までなのですが、今年は5つに絞り込むのがたいへん難しく、10位までとしました。それだけ今年は小説以外の本で、良い作品にたくさん巡り合ったということだと思います。☆5つの作品が2つあるのも初めてのことです。

 1位の「紙つなげ!彼らが本の紙を造っている」は、震災の被害から立ち直ったことに、私たち勇気付けられる作品です。しかしこの本の本当の価値は、日常に当たり前に存在しているものにも「それを作る人がいて流通を担う人がいる」、ということに気付かせてくれることだと思います。

 2位から5位と9位は、今の社会情勢への不安感、少しでもそれを解明したいと思って読んだものです。そういう意味では今年は、そういった社会情勢へと私の関心が向かった年でもあったようです。来年は明るいニュースが増えればいいと切に願います。

 10位「あの日」は、発売当初から批判の多い本です。真偽さえ分からない本を選定することに抵抗はありました。しかし5位の「「イスラム国」の内部へ」にもあるように、真実は両方の話を聞かないと分かりません。また、そのような機会は非常に少なく、今回はその貴重な機会だと思いました。その意味では選外ですが「捏造の科学者 STAP細胞事件」も併せて読むといいと思います。

疾風ロンド

書影

著 者:東野圭吾
出版社:実業之日本社
出版日:2014年12月25日 初版第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「白銀ジャック」の続編。11月に阿部寛さん主演で公開された同名の映画の原作。

 主人公は栗林和幸。泰鵬大学医科学研究所の研究員。大学院卒業後23年間、この研究所に勤めていると言うから、50歳手前というところか。その研究所から生物兵器並にに毒性の強い「炭疽菌」が持ち出された、というのが物語の発端。

 「炭疽菌」を持ち出した犯人は、研究所の元研究員。炭疽菌をケースに入れて雪の中に埋めた。摂氏10度以上になるとケースが割れて中身が拡散する。要求額は3億円。とここまでが、冒頭で明らかにされる。それともう一つ、犯人は炭疽菌を現場に残したまま、交通事故で死んでしまう。

 そんなわけで栗林は、残されたわずかな手がかりを基に、持ち出された炭疽菌の回収に挑む。上司である研究所長の厳命によって、警察には知らせない、協力者にも真相を明かしてはならない。どうやらスキー場に埋められたらしいが、栗林のスキーの腕前はボーゲンレベル。それも20年以上前。ミッション・インポッシブル。

 そのスキー場に「白銀ジャック」にも登場した、パトロール隊の根津昇平と、スノーボードの選手の瀬利千晶がいた。物語に前作とのつながりは殆どないけれど、彼らの活躍と、同じようにスキー場が舞台になる前作の事件との類似性もあって「続編」という位置づけでいいだろう。

 父子の関係や、淡い恋心や、家族の絆や、スポーツ選手の憂い、などなどを織り込んだ、大立ち回りありの活劇。面白かった。これは映画向きの物語だと思う。きっと映画も面白いだろう。

 映画「疾風ロンド」公式サイト

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新・所得倍増論

書影

著 者:デービッド・アトキンソン
出版社:東洋経済新報社
出版日:2016年12月22日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は、現在は日本の国宝・重文級の文化財の補修を手掛ける会社の社長だけれど、前身は外資の超メジャーな金融機関を渡り歩いた敏腕アナリスト。その著作を読むのは「イギリス人アナリスト日本の国宝を守る」に続いて本書で2冊目。

 日本の企業の生産性(の低さ)に拘り抜いた本。前に読んだ本でも、世界第3位の日本のGDPは、日本人の勤勉さや技術力の高さが理由ではなくて「人口が多いからだ」、と書いていた。本書はそこにさらに切り込んだ内容。

 日本のGDPは世界第3位だけれど、1人あたりのGDPは第27位(IMFの調査)なのだ。「生産性が低い」というのは、主にこのことを指している。人口を分母とした指数ということもあり、上位には人口の少ない国が多い。しかし、3億人以上の人口がある米国は10位に入り、その数値は日本の1.5倍もある。

 ちょっと聡い人ならば「高齢化が原因じゃないか」と気が付くだろう。著者もそれには気が付いてちゃんと検証している。日本は生産活動をしていない高齢者の比率は大きいかもしれないが、失業率がとても低い。労働人口1人あたりGDPを計算すると、ランキングはもっと下がってしまうそうだ。

 本書では、この日本の「生産性の低さ」を様々な角度からデータを使って実証し、勤勉さや技術力の高さが、まったく役に立っていないことを証明して見せる。それだけではただの「すごく感じの悪い本」になってしまうので、最終章に「ではどうすべきか」という提案が書かれている。

 最終章はあるにしても、読んでいて心穏やかでないのは、私が日本人で、著者が外国人だからだろう。日本のことを悪く言われている気持ちになってしまう。実際、こういうことを講演や会合で言うと、それはそれは激しい反論に会うそうだ。

 それもあってか(本音は分からないが)、著者は「日本人はそれを活かせていないだけで、素晴らしい能力を持っている」というスタンスを崩さない。その能力を発揮できれば「GDPは1.5倍、年収は2倍になる(つまりタイトルの「所得倍増」)」ということだ。ここは反論したい気持ちを抑えて、真摯に耳を傾ける時だと思う。

 最後に。著者は「日本の企業(社会も)の効率化が進んでいない」と言うのだけれど、そこはちょっと違う気がする。そういう面はあるけれども、それよりも日本では「効率化」が、コストダウンと値下げに向いてしまっていることが、要因としてあると思う。「安く提供する」ことを「経営努力」と言ったりするように。

 ITの導入などで、同じ業務を少ない人数でできるようになった。その業務が生んだ果実を少なくなった人数で分ければ、1人当たりは増えるはず。そうではなくて果実を小さく、つまり「安く提供」してしまった。これでは「生産性」は向上しない。私たち労働者も楽にならない。経済も活性化しない。むしろ縮小する。

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ヒポクラテスの憂鬱

書影

著 者:中山七里
出版社:祥伝社
出版日:2016年9月20日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 図書館の書棚で見かけて面白そうに思ったので手に取ってみた。読み始めてしばらくして、本書にはこれに先立つ物語があるらしいことが分かった。調べて分かったが「ヒポクラテスの誓い」というのがそれ。本書はそのシリーズ続編にあたる。

 舞台は浦和医大法医学教室。埼玉県警と連携して、埼玉県の異状死体の司法解剖を一手に引き受けている。主人公は、この春からこの法医学教室の助教として登録された、栂野真琴。その前は研修医だったらしく。年齢は20代。

 本書は、その法医学教室に持ち込まれた死体に関わる、1章に1つ全部で6つの事件の解決を横糸に、「コレクター」を名乗る謎の人物の追跡を縦糸にしたミステリー。それぞれの事件の方は、読者が推理するのは難しいが、「コレクター」の正体を追うことはできる。

 異状死体はいわゆる変死体とは違う。厳密な定義は置いて、大まかには死因が明らかではない死体のすべてを指す。司法解剖は、犯罪性の有無を確認する意味も含めて、死因を突き止める有効な手段になっている。

 そんなわけで、真琴の居る法医学教室には、警察からの要請で死体が運び込まれてくる。本書で描かれるのは、検視官によって一旦は「事件性なし」とされたものの、解剖によって新事実が判明した、と言うケース。「生きている人はウソをつくが、死体はウソをつかない」

 死体と解剖のシーンがたくさんあるので、ヘビーな空気を醸し出す。そこを救うのが、「事件解決」へ向かっているという期待感と、登場人物たちのちょっと突き抜けた感のあるキャラクターだ。

 法医学教室の教授は法医学の権威で,、その技術と洞察力は目を瞠るものがある。ただし度が過ぎた偏屈。准教授のキャシーは死体のことを語るときには目をキラキラさせる。「不謹慎」にならないギリギリの「軽さ」が、空気の重さをのバランスを取っている。

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ぐるぐる問答 森見登美彦氏対談集

書影

著 者:森見登美彦
出版社:小学館
出版日:2016年10月30日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 長編小説「夜行」と同じ日に同じ出版社から刊行。こちらは対談集。作家生活10年を記念して、ということで、その10年間に様々な雑誌等の媒体に掲載された対談をまとめたもの。

 本書の出版元は小学館だけれど、対談の初出の媒体は他の出版社、ということもある。と言うか、確認してみると最近の2点を除いて全部が他の出版社のものだ。幻冬舎、文藝春秋、メディアファクトリー、講談社、早川書房、角川書店、新潮社。出版界あげての10周年のお祝い、という側面もある。

 対談の再録ということになるから、対談相手の了解も必要。そのお名前を順に(敬称略)。劇団ひとり、万城目学、瀧波ユカリ、柴崎友香、うすた京介、綾辻行人、神山健治、上田誠、羽海野チカ、大江麻理子、萩尾望都、飴村行、本上まなみ、綿矢りさ。

 著者自身が「対談の名手ではない」と自信を持っておっしゃっているように、小説の作品のように著者らしいオモチロイことがあるわけではない(巻末の「小説 今昔対談」は著者らしい工夫があるけれど)。しかし、作品を読むだけでは分からない、著者の暮らしぶりや作品執筆の裏側が、会話から見え隠れする。ファンなら楽しめるだろう。

 著者の作品の一群は「腐れ大学生」を描いたもので、著者と不可分に結び付けている人も多い。その嚆矢となったのは、日本ファンタジーノベル大賞を受賞したデビュー作「太陽の塔」だけれど、それはなんと「やけくそで書いて」応募したらしい。

 それまでは「怪談とファンタジーの中間みたいなところをうろうろ」していた。ということは先日の「夜行」や「きつねのはなし」「宵山万華鏡」あたりが、著者がデビュー前から持っていた原点的な方向性だったわけだ。

 最後に本書全般を通して感じたこと。対談相手とよく、互いの作品を分析してみせる。「あの作品はこうなんじゃないですか?」と問いかけると「そうなんですよ!」と、話に弾みがつく場面が多い。相手は作家とは限らないけれど、何かを創作している人で、著者との共通点がある。そういう間柄だと通ずるものがあるらしい。

 コンプリート継続中!(単行本として出版された作品)
 「森見登美彦」カテゴリー

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哄う合戦屋

書影

著 者:北沢秋
出版社:双葉社
出版日:2009年10月11日第1刷 2009年11月16日第5刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「のぼうの城」「天地明察」などのヒットで注目を集めることとなった「ネオ時代小説」と呼ばれるジャンルの、代表的な作品のひとつ。

 主人公は石堂一徹。35歳。時代は天文18年(1549年)。甲斐の武田晴信(後の信玄)が南信濃に侵攻して来たころ。舞台はその南信濃に接する中信濃(今の松本のあたり)。信濃国全般に、多くの豪族が独立して小競り合いを繰り返していた時代だ。

 一徹はかつては、北信濃の村上義清に仕える石堂家の当主で、武芸と戦略に秀でていたことから、義清にも重用されていた。しかし、訳あって流浪の旅にで、自らの才覚を生かせる主君を求めて転々としていた。物語は一徹が、横山郷(今の青木村あたり)の遠藤家に辿り着いたところから始まる。

 一徹は戦の天才だ。後半で「こと軍事に関しては、どうやら拙者に勝るものはこの世には一人もいないらしい」などと不遜なことを言う。しかし、連戦連勝してその才能を見せつけられた後では、不遜に感じないぐらいだ。

 ということで、物語は、一徹の到来によって遠藤家が勢力を伸ばし、ついには武田との衝突を迎える様子を、遠藤家の姫とのエピソードを交えて綴る。「ネオ時代小説」は、「歴史エンターテインメント」とも言われるそうだけれど、まさにエンターテインメント性の高い作品だ。

 大河ドラマ「真田丸」の50年ほど前の時代。「真田丸」の舞台となった上田に、峠を挟んで接する場所での物語。戦国時代には、まだまだ知られていない面白い物語がたくさんありそうだ。続編、続々編があるので、それもいづれ読みたい。

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数の現象学

書影

著 者:森毅
出版社:筑摩書房
出版日:2009年1月10日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 少し前に小学校の算数の指導方針について話題になったことがあり、調べ物をしている途上で見つけた本。本書の出版は2009年だけれど、元の単行本は1978年に刊行されたもので、さらにその多くは初出が1977年に書かれた雑誌の連載記事だ。

 著者の森毅さんは、1970~80年代に京都大学の名物教授として人気があった数学者。テレビや新聞、雑誌にもよく登場されていたので、私ぐらいの年齢(50代)より上の方は馴染みがあるかもしれない。実は私も先生の授業を受けたことがある。熱心な学生では全くなかったけれど。

 本書は、「数」や「数学」を、それを生み出した文化と関連付けて語る、という大きな視点と、ある演算が内包する意味を突き詰めて考える、といった細やかな視点の両方から論じたものだ。論文ではなく「数学エッセイ」という感じ。読みやすい本とは言えないけれど、堅苦しい本でもない。

 「大きな視点」では、「数量化の道を追体験しよう」という章で、ヨーロッパで質量や運動量などの概念が、数量として定義された歴史を速足でたどる。「17世紀は「現象」からいくつかの概念を析出して構成して見せるところに特徴がある。それは広義のデカルト主義とでもいったものだ」なんてことをおっしゃっている。数学とは哲学だったのだ。(ちなみに、その前には数学は「魔術」だったらしい。)

 「細かい視点」を挙げると、例えば「足し算・引き算に潜む情念」という章(まずこのタイトルが、数学が持つ理詰めのイメージに似合わないことを指摘しておく)。足し算には「お皿にピーナッツが3個ありました。そこに2個加えると何個になる?」という「添加」と、「右のお皿にはピーナッツが3個、左のお皿にはピーナッツが2個。合わせていくつ?」という「合併」の2つの場合があると言う。

 「どっちも一緒なんじゃないの?」というご感想はあるだろう。しかし「合併」を表す式は3+2でも2+3でも構わないけれど、「添加」の方は3+2であって2+3ではないのだ。「いやいや交換法則が..」というご意見はあるだろう。しかし著者は「添加」の場合は「少しも自明ではない」と言っている。

 こんなことを書いていると呆れた顔をされそうだ。それに、私の説明では袋小路に入り込みそうなので、これ以上の説明はしない。しかし、著者は多少変わってはいたが、著名な数学者で、数学教育にも関心を寄せた人だ。その人が考え抜いて記した意見・考察なのだから、一考に値すると思う。

 この後は書評ではなく、この本を読んで思ったこと、この本を読むきっかけになった「算数の指導方針」に関係することを書いています。お付き合いいただける方はどうぞ

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(さらに…)

RDG レッドデータガール はじめてのお化粧

書影

著 者:荻原規子
出版社:角川書店
出版日:2009年5月30日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「RDG レッドデータガール はじめてのお使い」の続き。

 主人公の鈴原泉水子(いずみこ)と、同級生の相楽深行(みゆき)の2人が前作から引き続き登場。舞台は前作の熊野古道に近い山深い里の中学校から、一転して鳳城学園という東京の私立高校に移る(もっとも東京と言っても高尾山の近くなのだけれど)。泉水子はそこに新入生として入学してきた。

 ざっとおさらいすると、泉水子は「姫神憑き」という、その身に神が降りる体質?で、深行はそれを守る山伏の家系の男。泉水子の父親が進学先として選んだ鳳城学園も、どうやら普通の学校ではない。追々分かるのだけれど陰陽師やら戸隠忍者やらが「集められている」らしい。、

 泉水子の成長が著しい。と言っても「ひとりで高尾山まで来れた」とか「券売機で切符が買えた」とかいったことなんだけれど。でも、これは外から見える象徴的な出来事であって、それを上回って内面も成長した。自分で考える、自分を受け入れる、ことができるようになった。

 舞台が高校に移って、登場人物のほとんどが高校生になって、寮生活や生徒会や部活動が描かれて、ますます「学園モノ」の様相が濃くなってきた。濃いと言えば、学園の生徒たちのキャラクターも濃い。「影の生徒会長」なんてのもいて。物語がどこに行こうとしているのか、目が離せない。

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白銀ジャック

書影

著 者:東野圭吾
出版社:実業之日本社
出版日:2011年11月25日 初版第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 「疾風ロンド」という映画が阿部寛さん主演で公開されていて、その原作を読んでみようと思っていた。そうしたら先に本書があり、後に「雪煙チェイス」という本が先日出版されて、3冊で「スキー場シリーズ」になっていることが分かった。まず1作目から読むことにした次第。

 主人公は倉田玲司、年齢は40過ぎ、独身。新月高原スキー場の索道部マネージャー。リフトやゴンドラを安全に運行する責任がある現場のポストで、ゲレンデ全体が安全で快適なものに保たれるよう管理するのも彼の仕事だ。

 スキー人口が減ってスキー場はどこも厳しい状況にある。倉田の上司にあたる経営層は、現場にムリを強いてくる。そんな中で真面目に勤めて来た。索道部の部下やパトロール隊からは信頼されている。ある日、ゲレンデのどこかにまだ雪のない頃に爆発物を仕掛けた、という脅迫状が届く。スキー場全体を人質に取られた(ジャックされた)わけだ。

 ゲレンデの安全に責任がある倉田は、警察に届け客を避難させることを主張した。しかし、それでは今シーズンは棒に振ったも同然だし、その後のイメージダウンも避けられない。結局ズルズルと時が過ぎ...。という物語。

 スキー場には様々な人が絡む。運営会社の社員、お客、地元自治体。犯人になりそうな人物もたくさんいる。本書は「犯人捜し」のミステリーであり、同時に著者の「企業モノ」に見られるような、仕事に打ち込む男たちの物語でもある。著者の作品の特長の「イイトコどり」だ。

 聞けば「疾風ロンド」「雪煙チェイス」でも、本書の登場人物たちが活躍するらしい。そのうち読み進めたいと思っている。

 映画「疾風ロンド」公式サイト

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