2018年の「今年読んだ本ランキング」を作りました。

 恒例となった「今年読んだ本のランキング」を作りました。小説部門、ビジネス・ノンフィクション部門ともに10位まで紹介します。
 このランキングも今年で10年目です。これで小説部門は100作品、ビジネス・ノンフィクション部門は75作品を、選んできたことになります。
  (参考:過去のランキング
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 今年このブログで紹介した本は102作品でした。☆の数は、「☆5つ」が3個、「☆4つ」が53個、「☆3つ」は40個、「☆2つ」が4個、「☆1つ」が2個、です。
 「☆5つ」は、この数年は3個か4個で安定しています。「☆4つ」「☆3つ」もたいたいこのぐらいの割合で、今年も読書を楽しめました。「☆1つ」を付けたのは10年ぶりです。

■小説部門■

順位 タイトル/著者/ひとこと Amazonリンク
みかづき / 森絵都 Amazon
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昭和の高度成長期に、理想を持って学習塾を立ち上げた創始者夫婦と、その一族三代の大河小説。大らかな夫と意思の強い妻、その血を受け継いだ子ども達が、衝突しながらも支え合うドラマ。
カフーを待ちわびて / 原田マハ Amazon
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沖縄の離島の海と空、ゆったりとした時間を背景にしたラブストーリー。商店を営む男性と、遠くから来て住み込みで働く若い女性の暮らしぶりを描く。デビュー作にして完成度の高い作品。
ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ / 辻村深月 Amazon
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殺人を犯して逃走中の幼馴染を案じて、その行方を捜すライターが主人公の第一部と、逃走中の幼馴染が主人公の第二部からなる二部構成。ミステリーと女友達の人間ドラマの2つが楽しめる。
また、同じ夢を見ていた / 住野よる Amazon
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主人公は小学生の少女。他人にどう思われようが、正しいと思ったことをする。学校に友だちはいないけれど、町には親しくしている大人がいる。少女の成長を感じる物語。大仕掛けあり。
キッチン風見鶏 / 森沢明夫 Amazon
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港町にある洋食屋が舞台。その従業員やお客さんが入れ替わりで主人公を務める。その何人かは幽霊や守護霊が見える。たくさんの物語が同時に進む「誰かを思いやる心」を描いた作品。
最果てアーケード / 小川洋子 Amazon
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使用済みの絵葉書や人形用の義眼など、売れそうもない品々のお店が集まるアーケードが舞台。お店ごとのエピソードを積み重ねていくと「何かが少しだけおかしい」という思いが募る。
原発ホワイトアウト / 若杉冽 Amazon
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現役キャリア官僚のリアル告発ノベル。原発推進のありようを小説の形で伝える。集金・献金システムや、デモ潰しの手法は、具体的で説得力がある。昨今のニュースで思い当たる節もある。
百貨の魔法 / 村山早紀 Amazon
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50年続く地方の老舗百貨店が舞台。従業員やテナントの店員らが入れ替わりで主人公になる。その一人ひとり、お客さんの一人ひとりの物語を、百貨店に伝わる子猫の伝説とともに丁寧に紡ぐ。
盤上の向日葵 / 柚月裕子 Amazon
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将棋の駒と一緒に、山中で発見された死体遺棄事件の捜査に携わる刑事が主人公。捜査の進展と容疑者の生い立ちを並行して描く。将棋の棋士の勝負の世界と、人間の深い業を描いたドラマ。
10 マスカレード・ナイト / 東野圭吾 Amazon
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高級ホテルが舞台のミステリーシリーズ第3弾。殺人の犯人が仮装パーティーに現れる、という密告状が届き、刑事がクラークとなって捜査にあたる。コンシェルジュの仕事ぶりも見どころ。

 今年の第1位「みかづき」は、昨年の本屋大賞の第2位。本屋大賞の関連では、第8位の「百貨の魔法」は今年の本屋大賞の第9位、第9位の「盤上の向日葵」は同じく第2位と、私と本屋大賞は相性がいいらしいです。(ちなみに昨年、私が第1位にした「かがみの孤城」は、今年の本屋大賞でも第1位になりました)

 第2位の「カフーを待ちわびて」は、著者のデビュー作で10年前の作品です。「暗幕のゲルニカ」「楽園のカンヴァス」「サロメ」「たゆたえども沈まず」のアートミステリー作品で、ファンになりましたが、ラブストーリーのこの作品もすごく好きです。続編の「花々」と併せて楽しんでいただきたいです。

 第4位「また、同じ夢を見ていた」、第5位「キッチン風見鶏」、第6位「最果てアーケード」、第8位「百貨の魔法」は、「不思議+ハートウォーム」な作品で、私はそういうのが好物のようです。

 選外の作品として、 今村昌弘さん「屍人荘の殺人」、碧野圭さん「書店ガール」、石田衣良さん「うつくしい子ども」、三上延さん「ビブリア古書堂の事件手帖」が、心に残りました。

■ビジネス・ノンフィクション部門■

順位 タイトル/著者/ひとこと Amazonリンク
「南京事件」を調査せよ / 清水潔 Amazon
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「南京事件」「南京大虐殺」について、調査報道の手法で取り組んだレポート。関係者から話を聞き、資料や記録を調べ、分かったことを別の方法で「裏取り」する。渾身の力を込めた報告
AI vs. 教科書が読めない子どもたち / 新井紀子 Amazon
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「いずれは万能に」と思われがちなAIが、実は「意味は分かっていない」と、その限界を指摘。その一方で、今の中高生も大半は同じように「文章の意味が分かっていない」ことも明らかに。
世界の中で自分の役割を見つけること / 小松美羽 Amazon
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気鋭の現代アーティストである著者が、自分の半生と自分に与えられた「役割」について記したもの。この本を通じて「あなたのこれから」を見つけて欲しい、という祈りが込められている。
安倍官邸vs.NHK / 相澤冬樹 Amazon
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「森友学園問題のスクープを連発して左遷されたNHKの記者」が著者。著者がどう取材して、どう報じられたか(報じられなかったか)を記すことで、この問題とNHKの異常さを浮かび上がる。
日本が売られる / 堤未果 Amazon
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「規制改革」の名の下に、「水」「土」「農地」「森」「海」「学校」「医療」「食の選択」が、値札を付けられて売られる。「日本で今、起きているとんでもないこと」が書かれている。
マーケットでまちを変える / 鈴木美央 Amazon
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普段は道や公園などの場所に、ある期間だけ仮設テントなどのお店が集まってお客さまを迎える「マーケット」。「日本中のまちを、マーケットから変えていく」。それができそうに感じる本。
フェルメール最後の真実 / 秦新二、成田睦子 Amazon
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フェルメールの作品に「旅をさせる」(所蔵館から借り出す)ことの実際を、臨場感のある筆致で記したもの。現存する37作品すべてをカラーで掲載、来歴などを含めて解説。実物が見たくなる。
スノーデン 監視大国 日本を語る / 自由人権協会 Amazon
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「デジタル時代の監視とプライバシー」をテーマに、スノーデン氏のインタビューを含む、講演、パネルディスカッションを収録。日本では捜査機関の監視を制限する法律がないことを指摘。
日本史の内幕 / 磯田道史 Amazon
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歴史学者の著者による、古文書にまつわるエッセイ集。ほぼすべてのエッセイに、根拠となる古文書を示し、その意気込みが伝わる。日本の出版文化、災害からの再起など、テーマは深く広い。
10 赤松小三郎ともう一つの明治維新 / 関良基 Amazon
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「全国民に参政権を与える議会の開設」「法の下の平等」など、現行憲法につながる憲法構想を日本で初めて提案した、赤松小三郎の研究書。赤松にだけでなく、憲法観にも新しい光を当てる。

 第1位「「南京事件」を調査せよ」、第4位「安倍官邸vs.NHK」、第5位「日本が売られる」は、ジャーナリストによる作品です。ここ数年、ジャーナリズムに対する期待と不安を感じていますが、このように骨太な報告が出版されることに、小さな安心を感じました。

 第2位「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」は、深刻な問題提起を含んでいると思います。本書では「中高生」ですが、調査をすれば大人も同様の結果なのではないでしょうか?つまり「文章を読んでも意味が(正確に)理解できない」。様々な場面で対話がまともに成り立たないのは、このせいではないかと思います。

 第3位「世界の中で自分の役割を見つけること」、第6位「マーケットでまちを変える」は、何かに真剣に打ち込み結果を出している人の「確かさ」を感じます。その姿を見て、自らのことを顧みると、やりたいこと、やった方がいいことが浮かんで、少し力づけられます。

 選外の作品として、小室淑恵さんの「働き方改革 生産性とモチベーションが上がる事例20社」、鈴木博毅さんの「「超」入門 空気の研究」、小西美穂さんの「小西美穂の七転び八起き」が、良かったです。特に「働き方改革」は、私の「これから」につながりそうな気がします。

安倍官邸vs.NHK 森友事件をスクープした私が辞めた理由

著 者:相澤冬樹
出版社:文藝春秋
出版日:2018年12月25日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 今年の5月に「森友学園問題のスクープを連発していたNHK大阪放送局の記者が突如左遷」と、夕刊紙などで報じられた。記事で「A記者」とされていたのが、著者の相澤冬樹記者だ。そう、本書は著者が森友学園問題の取材を始めたころから、夕刊紙で報じられた「左遷」に至るまでの一部始終を記したもの。読み応えあり。

 最初に言っておくと、タイトルの「安倍官邸vs.NHK」は、一旦忘れてしまっていい。もちろん本書を手に取る人の多くは、このタイトルに何かを期待して手に取る。しかしその期待には応えてくれない。安倍官邸がその時何をしたのか?そのことは何も書かれていない。しかし、本書が読者に伝えてくれることは多い。読む価値はある。

 本書に書いてあるのは、森友学園問題について著者が、どのように取材して、それがどのように報じられたか(あるいは報じられなかったか)だ。いつ、だれを、どこで、なにを、どのように、なぜ取材したか。記者が記事の基本を守って書いた文章は、とても読みやすい。

 安倍官邸のことを書いていないのも、この「記事の基本」のためだ。「ウラが取れていない」ことは書かない。著者は自分が取材したり、NHKの中で体験したりして、見聞きしたことしか書かない。一記者である著者には、官邸からの直接の圧力はかかっていなかった。上層部への圧力は推測できただろうけれど、推測は書かない。まぁ書かないことで「NHKの異常さ」が却って際立っているけれど。

 それでも充分だ。森友学園問題でのNHKの報道に疑問を持った人は多いと思うけれど、「あれはこういうことだったのか」と分かる。きちんと報道されなかった事実も多く明らかにしている。また「これは森友学園の事件ではなく、国有地を格安販売した財務省の事件だ」という定義の仕方は、コトの本質を捉えている。

 その後に続いた加計学園の問題や、国会で次々と持ち上がる政府の不誠実な対応に隠れて、森友学園問題は沈静化してしまっている。本書が、真相究明の再スタートとなってくれることを期待する。

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「超」入門 空気の研究

著 者:鈴木博毅
出版社:ダイヤモンド社
出版日:2018年12月5日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の鈴木博毅さんから献本いただきました。感謝。

 帯でもPRしているけれど、著者には「「超」入門 失敗の本質」という著書がある。旧日本軍の組織的問題を分析した「名著」と言われる「失敗の本質」を、今日的な事例も使って分かりやすく説明した本。これが一部では(私の周辺では)「元の本よりいいのではないか」と評価が高い。

 本書は先の著書に続いての「「超」入門」で、これも「名著」の「空気の研究 」を元にしたもの。紹介も先の著書に倣うと、「空気の研究」を今日的な事例も使って分かりやすく説明した本、となる。

 ここでいう「空気」とは「空気を読め」の「空気」。それに反する言動をとると叩かれる「同調圧力」があり、それは絶対的支配力を持つ。そして「空気」は、場合によっては破滅を招く。「空気の研究」で、旧海軍の中将の言葉が紹介している。「全般の空気よりして、当時も今日も(戦艦大和の)特攻出撃は当然と思う

 著者はこの「空気」を「ある種の前提」という言葉に置き換えることで、「空気」の正体を明らかにすることを試みる。その過程で、日本的ムラ社会を動かす「情況倫理」、日本人を思考停止に追いやる要因、などを解き明かしていく。実に説得力がある。今の日本を覆う「空気」に疑問を感じているなら、一読をおススメする。

 「今の日本を覆う~」と書いたけれど、本書は「現在の日本への警鐘」だ。著者は明示的には書いていないけれど、私は文章の一つ一つにそう感じた。「はじめに」に紹介された「空気の研究」の一文が象徴している。「もし日本が、再び破滅へと突入していくなら、それを突入させていくものは戦艦大和の場合の如く「空気」であり(後略)」

 もう一文、著者の言葉を紹介する。「このような国で、言葉と行動がまったく違っても、恬として恥じないウソつきがいれば、社会に大混乱を引き起こし、国家を未曽有の破滅に誘導できてしまうのです

 これは「オキナワノミナサンノココロニヨリソイ」と言ったあの人のことなのではないか?もちろん著者はそんなことは一言も言っていないけれど...。 

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ラブ・ミー・テンダー

著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2017年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「東京バンドワゴン」シリーズの第12弾。

 今回は、本編からずっと時代を遡って昭和40年代。舞台の古本屋「東京バンドワゴン」の当主で、本編では80代の堀田勘一が40代、その息子でロックスターの我南人はまだ20代だけれど、バンドデビューして少し経っていて、すでに若者に人気のバンドになっている。

 本書では、我南人と後に妻となる秋実の出会いを描く。本当に最初の出会いの場面は「フロム・ミー・トゥ・ユー」で、秋実さんの語り口で描かれている。今回はまさにその場面から始まって、その後の物語を描く。いつものように堀田家には事件が持ち込まれる。そしていつものように鮮やかに(多少強引に)事件を解決する。

 昭和40年代のテレビというと、アイドル歌手が人気になりだしたころで、本書の事件も、アイドルと芸能界やテレビ業界が絡んだものだ。あの頃のアイドルは、一般の人々からすると今よりももっと遠い存在だった。でも、誰かの友達だし、一人の若者として恋もすれば悩みもする。そういう話。

 「シリーズ読者待望」の秋実さんの物語、しかも長編。本編では、秋実さんは、シリーズが始まる数年前に亡くなったことになっていて、誰かの思い出としてしか語られない。その思い出の中で「堀田家の太陽」とまで言われているのに、エピソードはもちろん、どういう人だったのかも分からない。

 それが今回、長編でたっぷりと紹介された。まだ高校生なのだけれど、こんな芯の通った魅力的な人だったとは。登場のシーンからすでに惹きつけられる。その時の我南人もカッコいいし、そこに気が付く秋実もカッコいい。(すみません。ちょっと気持ちが高ぶってしまいました)

 私は「フロム・ミー・トゥ・ユー」のレビュー記事で、「秋実さんの物語が読めて、私は大満足だ」と書いた後で、「更なる欲が出て来た」と続けて、「長編にならないかなぁ」と書いている。その希望が叶った形で、また「大満足」だ。「更なる欲」も、また出てきてしまったけれど...。

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採用学

著 者:服部泰宏
出版社:新潮社
出版日:2016年5月25日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 お世話になっている会社の採用担当の方に教えてもらった本。

 「採用学」という言葉は聞きなれないけれど、それはそのはずで、著者がまさに今、確立に力をそそいでいる(つまりまだ確立されていない)学問領域。企業における人の採用を研究する。欧米には採用に関する膨大な研究蓄積があるけれど、日本ではいくつかの有益な知見が出始めたところらしい。

 著者はまず「良い採用」について考える。ポイントは3つ。1つ目は、高い仕事成果を上げる優秀な人材を得ること。少なくともランダムに採用した時より優秀でなければ、採用活動をする意味がない。2つ目は、会社に中長期的に留まるような人材を得ること。いくら優秀でもすぐに転職されては困る。3つ目は、組織を構成するメンバーに多様性が生じ、結果として活性化を導くこと。

 現在の企業の一般的な採用活動には、このポイントに照らして問題が多い。例えば、優秀な人材を取りこぼさないように、まずは大量にエントリーしてもらう「大規模候補者群仮説」。このために、雇用条件をあいまいにして間口を広げ、ネガティブな情報を伏せる。しかしこれは「魅力的でない求職者」が大量にエントリーするし、入社後の社員と会社の「期待のミスマッチ」を招いて、ポイントの2番目の「中長期的な定着」や、3番目の「活性化」を損なうことにつながる。

 私はごく小規模な職場で働いているので、このような形の採用活動には縁がないけれど、採用面接はする。その「面接」についても、興味深い指摘があった。面接では「コミュニケーション力」が重視されるが、「コミュニケーション力」は後からでも身につけられる、という。まぁ「即戦力」を求める場合は「後から~」なんて言ってられないのだけれど、もっと他に見るべきことがあるんじゃないの?ということだ。

 著者は、元々は経営や行動科学の研究者。考えてみれば「採用」は、「ヒト・モノ・カネ」の経営資源の一つである「ヒト」を得る活動。企業経営の根幹に関わることだ。それにしては、担当者の経験やカンによって進められていて、とても「科学的」とは言えない(と私は思う)。著者らによる「採用学」の知見をいち早く取り入れた企業が、業績を大きく伸ばすようになるかもしれない。

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スタープレイヤー

著 者:恒川光太郎
出版社:KADOKAWA
出版日:2014年8月31日 初版 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 これまでに読んだことのない作家さんの作品を読もうと思って、図書館の書棚を巡っていて見つけた本。著者が、日本ホラー小説大賞を受賞してデビューされた「ホラー作家」だと知ったのは後からで、本書は「異世界ファンタジー」。

 主人公は斉藤夕月、女、34歳、無職。買い物の帰りに「運命のくじ引き」を引いた。三等・一億円、二等・五億円、一等・???。明らかに胡散臭いけれど。そうしたら一等が当たった。一等は「スタープレイヤー」。スタープレイヤーになると、地球とは別の惑星に行って、十個の願いを叶えることができる、という。

 信じられない話だけれど、それは本当だった。夕月は、実家を豪華にした家を建てて住む場所を確保し、若返りと美容整形をして絶世の美女になり、壁で囲まれた広大な庭園を造って宝石をバラまいた。我ながら「下品だ」と思いながら。これで使った願いは3つ。まだ7つある。

 この後、他のスタープレイヤーが訪ねて来たり、そのスタープレイヤーが作った「村」を訪問したり、そこから現地民の村を訪ねていったりする。自分の家の周囲しか描かれていなかった地図が、徐々に範囲を広げていくように、夕月の世界も、そして読者の世界が広がっていく。

 世界が広がるのは良いことばかりでなく、衝突も起きるようになる。この世界ではスタープレイヤーは、死者さえ生き返らせる「全能の神」のような存在。しかし、使える回数に限りがあるその力を「何に使うか?」は、とても悩ましい問題だ。本書の主題はたぶんそういうこと。何人ものスタープレイヤーが登場するが、幸せに暮らしている人ばかりではない。

 面白かった。夕月の願いの使い方は、最初は「下品」かもしれないけれど、分かる。途中、ちょっと危なっかしいこともあったけれど、概ね「良い使い方」を心得るようになった。帯に「新シリーズ、堂々開幕」とあるので、この後も続くのだろう(続編「ヘブンメイカー」が既に出ている)。楽しみだ。

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熱帯

著 者:森見登美彦
出版社:文藝春秋
出版日:2018年11月15日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 森見登美彦さんの最新刊。体調不良による休筆から、2013年に「聖なる怠け者の冒険」で復帰されて、以降「有頂天家族 二代目の帰朝(2015年)」「夜行(2016年)」そして本書と、1年半~2年間隔でコンスタントに新刊が出ている。ファンとしてはそれがうれしい。

 これはかなり奇妙な構造をした物語だ。冒頭部分に「千一夜物語」の説明がある。「千一夜物語」はシャハリヤール王に侍ったシャハラザートが語った寝物語。シャハラザートが語る物語の中の登場人物が、さらに物語を語ったりするので、いわば物語のマトリョーシカみたいな入れ子構造をしている。そして、本書もそうなっている。

 入れ子構造を簡単に説明する。入れ子の一番外側は、森見登美彦さん自身が登場。次の作品の着想が全く浮かばない日常の中で、学生時代に途中まで読んだところで失くしてしまった「熱帯」という本を思い出す。そして別の日に編集者に誘われていった読書会で、「熱帯」を持った女性と出会う。

 入れ子の2番目は、その女性、白石さんの語り。白石さんは勤め先のお客さんである池内さんに誘われて「熱帯」のことを研究する「学団」という集会に参加する。そして「熱帯」を巡るミステリーに巻き込まれる。3番目は、「熱帯」の謎を追って京都に旅立った池内さんから、白石さんに届いたノートに綴られていた物語。4番目は...。

 このような感じで物語は、最初の森見さんの日常から遠くへ遠くへと流れるように展開する。入れ子のかなり内側の物語に、それを研究しているはずの「学団」の人物が登場したり、そもそも本書のタイトルが「熱帯」なので、「学団」が研究しているのは本書なのか?という考えが頭をよぎったり、循環参照的な複雑さを呈している。

 入れ子の何番目かには、「熱帯」という本に記された(らしき)物語が語られる。これがなかなかの奇想文学で、これだけ取り出しても中編作品になったと思う。それが、この複雑な構造の中に、違和感なく収まっている。著者は良いお仕事をしたと思う。

 「複雑な構造」に「読みづらいのでは?」と思う人もいるかもしれないけれど、それは杞憂だ。構造なんて気にしないでドンドン読んでしまえばいい。循環参照になっていても「へぇ~面白いな」と思えばいい。「あれ?これ、そもそもどういう話だっけ?」と我に返ったりしないでいい。コロコロと転がるような展開に、身を任せてしまうと楽しめる。

 そうそう、「吉田山」とか「進々堂」とか、著者のゆかりの場所を知っている人は、そういうのも楽しめる。

 コンプリート継続中!(単行本として出版された作品)
 「森見登美彦」カテゴリー

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ものがたりのあるものづくり ファクトリエが起こす「服」革命

著 者:山田敏夫
出版社:日経BP社
出版日:2018年11月12日 第1版第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 出版社の日経BP社さまから献本いただきました。感謝。

 本書は「ファクトリエ」という、服、雑貨を販売するインターネット通販のブランドを紹介する本。著者の山田敏夫さんは「ファクトリエ」をゼロから立ち上げた人で、本書には、今日に至るまでの苦労とともに、「ファクトリエ」に込めた思いの丈が詰まっている。

 「ファクトリエ」は、店舗を持たない、セールをしない、生産工場を公開する、価格は工場に決めてもらう、という特長をもったブランド。これらは、日本のアパレル業界では異例のことだそうだ。特に生産工場の公開は、タブーとさえ言われる。そして「ファクトリエ」の構想は、このタブーに対する違和感から端を発している。

 著者は、学生時代にパリに留学し、グッチの店舗でアルバイトをした経験がある(この経緯の「力の抜け加減」が、著者の生き方を表している。しなやかで強い)。そこでは商品の一点一点が「自分たちの工房で生まれた」ことに誇りを持っている。ヴィトンもエルメスも工房から生まれた。

 翻って日本では、縫製などを手掛ける工場は、ブランドとの製造契約で「守秘義務」を負っている。ブランドイメージを保ったり、技術の流出を防ぐためだ。しかし黒子の存在では、正当な評価も対価も得られず、海外の安い工場との競争で、国内の縫製工場は疲弊し、急激に数を減らして危機的な状況にあった。そして「どこで作られたか」に関心を持たない消費者は、そのことに気がついてもいない。

 パリのでの経験から「世界に誇れる日本初のブランドを作ってみせる」と誓った著者は、全国の縫製工場を一軒づつ訪問し、「工場発のブランドを直売する」という、著者の構想に賛同する「同志」となってくれる工場を捜すことから始める。先述のように、これは業界のタブー破りになる。だから「同志」というのは大げさな表現ではない。

 そこから年商10億円を超える現在までの、山あり谷ありの一部始終が本書には記されている。この「ものがたり」は、強い引力を持っていて、読む人を惹きつけずにはおかない。

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RDG レッドデータガール 星降る夜に願うこと

著 者:荻原規子
出版社:角川書店
出版日:2012年11月30日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「レッドデータガール」シリーズの第6巻にして完結編。第4巻、第5巻で描いた学園祭の後の2か月ほどを描く。

 主人公の鈴原泉水子は、東京郊外の鳳城学園という高校に在籍していて、この学園には、陰陽師の集団とか忍者の組織が活動している。泉水子自身も「姫神憑き」という、その身に神が降りる体質で、彼女を守るための山伏たちの組織もある。

 前巻の学園祭で、陰陽師との闘いに勝ち決着をつけた形になっている。ところが、陰陽師のリーダーはそれに納得せず、再度の対決を望み、泉水子もそれを受け...。物語の起伏が、小さいものから始まって徐々に振幅の大きいものへと進む。

 このシリーズは、「エスパー対決もの」と「青春物語」という二つの要素がある。「エスパー対決」の方はほぼ決着がつき、その決着を受けて、登場人物の高校生たちが「青春」らしく結束を見せ始める。「闘いが終れば、昨日の敵は今日の友」。少年誌のような展開だと思った。少年誌なら次の敵が必要だけれどそれもちゃんといる。

 泉水子と山伏の相良深行の間の、「青春」に不可欠な甘酸っぱい要素も、一応の結着を得た。物語に余韻を残しながらも大団円だった。

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