2019年の「今年読んだ本ランキング」を作りました。

 恒例となった「今年読んだ本のランキング」を作りました。小説部門、ビジネス・ノンフィクション部門ともに10位まで紹介します。このランキングも今年で11年目。新しい10年の最初の年ととして、新たな気持ちで向き合いたいと思っています。
  (参考:過去のランキング 2018年2017年2016年2015年2014年2013年2012年2011年2010年2009年2008年

 今年このブログで紹介した本は102作品でした。☆の数は、「☆5つ」が4個、「☆4つ」が54個、「☆3つ」は40個、「☆2つ」が4個、です。
 「☆5つ」「☆4つ」は昨年より1つずつ多く、「☆3つ」「☆2つ」は昨年と同じ数です。特に意図していないのに、毎年同じような数に落ち着くのが不思議です。今年も読書を楽しめました。

■小説部門■

順位 タイトル/著者/ひとこと Amazonリンク
美しき愚かものたちのタブロー / 原田マハ Amazon
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傑出した美術コレクションである「松方コレクション」にまつわる物語。コレクションを遺した松方幸次郎その人と、そのアドバイザーを務めた美術史家を中心に「日本に美術館を創る」という強い想いを描く。
傲慢と善良 / 辻村深月 Amazon
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婚約者が突然失踪した39歳の男性が主人公。婚約者はストーカー被害にあっていた。主人公は失踪との関係と彼女の行方を調べるために彼女の出身地の群馬に。その過程で彼女と自分との間の溝が浮き彫りになる。
宝島 / 真藤順丈 Amazon
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返還前の沖縄の20年間を、アメリカ軍の倉庫から資材や食料などを盗み出してくる「戦果アギヤー」たちの目で描く。冒頭から主人公たちが疾走していて、そのままの勢いで物語が奔流のように流れる。
鹿の王 水底の橋 / 上橋菜穂子 Amazon
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医療を主なテーマにしたファンタジー。先進的な医療技術と、宗教を根本とした医術。2つを対峙させて「医療とはどうあるべきか?」を、民族の存亡、愛する人への想い、などのテーマとともに重層的に描く。
彼女は頭が悪いから / 姫野カオルコ Amazon
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2016年に起きた「東大生強制わいせつ事件」に着想を得たフィクション。後に加害者と被害者になる男女を主人公に、それぞれの「青春」を描き、そして「事件」が起きる。様々な意味で物議をかもした問題作。
愛なき世界 / 三浦しをん Amazon
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洋食屋の店員の男性が、T大理学部の大学院生の女性に恋をした、でも彼女は「植物の研究にすべてを捧げる」と決めている、という物語。影響を与え合う2人や、他のキャラクターのエピソードがとても心地いい。
テミスの休息 / 藤岡陽子 Amazon
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個人事務所を開いた弁護士の男性と、その弁護士事務所の事務員の女性の物語。事務所で受けた相談の経過を語りながら、2人のこととそれぞれのことを描く。「信頼できる人と一緒にいる」ことの安らかさを感じる。
さざなみのよる / 木皿泉 Amazon
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富士山の近くで生まれ、20代で東京に出て、故郷に戻って43歳で亡くなった女性。生前に関係のあった人々が主人公の14話の連作短編。それぞれの話から浮かび上がる女性はとてもチャーミングな人だった。
下町ロケット ヤタガラス / 池井戸潤 Amazon
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「下町ロケット」シリーズの第4作。前作「下町ロケット ゴースト」と一体の物語。日本の農業を救うかもしれない「無人農業ロボット」の開発を軸に、「何のための技術開発か?」という根源的なテーマを描く。
10 ベルリンは晴れているか / 深緑野分 Amazon
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第二次世界大戦終戦直後のドイツ、ベルリンが舞台。主人公は17歳のドイツ人の少女。ソ連の秘密警察から殺人の疑いのある人物を探すように命じられる。場面の描写が詳細で映像を見たように光景が浮かぶ。

 今年の第1位「美しき愚かものたちのタブロー」の原田マハさんは、一昨年は「暗幕のゲルニカ」で5位に、昨年は(10年以上前の作品ですが)「カフーを待ちわびて」で2位。すっかり私の好きな作家さんになりました。

 第2位の「傲慢と善良」は、予想外の展開に翻弄されましたが、最後にはしっかり着地しました。「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」と似た二部構成がそれを可能にしていると思います。ただ「予想外」と思うのは男性だけで、女性なら最初から分かる、という意見もあります。

 第3位「宝島」は、直木賞受賞作。返還前の沖縄を「内側から描いた」作品です。私たちが接する沖縄の情報は、本土からさらに言えば東京から、つまり外側から描かれたものですが、内側の視点では違うものが見えているのだろうなぁ、と思いました。

 選外の作品として、 門井慶喜さん「銀河鉄道の父」、夏川草介さん「新章 神様のカルテ」、伊坂幸太郎さん「クジラアタマの王様」が候補になりました。

■ビジネス・ノンフィクション部門■

順位 タイトル/著者/ひとこと Amazonリンク
武器としての世論調査 / 三春充希 Amazon
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世論調査をはじめとする政治に関する様々な調査データを、自然科学のデータ処理の方法を活かして、精緻に分析した本。「内閣支持率が実感と違う」と思う、私の違和感の理由がこれで晴れました。
FACTFULNESS(ファクトフルネス) / ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング Amazon
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世界の様々な事実を、私たちがどれだけ誤認しているかを知らせてくれる。報道で知る「世界」は、センセーショナルな方向への偏りがあって、多くの人が悲観的に捉えている。そのことを知る必要があると思いました。
戦争の記憶 コロンビア大学特別講義-学生との対話- / キャロル・グラック Amazon
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第二次世界大戦を各国の人がどう記憶しているのか?をテーマとした、日本、中国、韓国、アメリカ、カナダ、インドネシアの学生との対話を収録。各国で「自国に都合が良い記憶」が政治に利用されていることが分かります。
帝国の慰安婦 / 朴裕河 Amazon
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いわゆる「慰安婦問題」について、感情や政治的立場を排して、事実に忠実にあろうと努めた報告書。日韓の間はもちろん、国内でも主張が対立しているけれど、どの主張も問題を不用意に「単純化」していると分かります。
「決め方」の経済学 「みんなの意見のまとめ方」を科学する / 坂井豊貴 Amazon
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多数決は人々の意思をまとめて集団としての決定を与えるのに適しているのか?という問いに答えた本。多数決は二択の投票以外には向いていない、もっと優れた決め方がいくつもある、ことが分かります。
命に国境はない 紛争地イラクで考える戦争と平和 / 高遠菜穂子 Amazon
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著者は2004年の「イラク日本人人質事件」の人質の一人。今もイラクで人道支援をしています。イラクの現状と日本やアメリカの見え方を、現地に身を置いて伝える。私たちが知っていることとは、まったく違いました。
PTAのトリセツ~保護者と校長の奮闘記~ / 今関明子 福本靖 Amazon
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神戸市の中学校で実際に成し遂げた「PTA改革」の報告。ネガティブな文脈で語られることの多く、不要論まで言われるPTAについて、「ではどうすればいいのか?」という答えがここにあります。
絵を見る技術 / 秋田麻早子 Amazon
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「名画をちゃんと見られるようになりたい」という人のために、絵画の見方を「絵画の構造」の視点から説明。「バランスがいいな」と感じるのはどうしてか?を言葉にできます。この次に美術展に行くのが楽しみになりました。
物語と歩いてきた道 / 上橋菜穂子 Amazon
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著者が30歳から53歳までの間に書いたエッセイ、インタビュー、スピーチを14編収録した本。物語作品に比べると長くは残らない文章を、「足跡」として集めることで、著者が辿って来たくねくね道が浮かび上がります。
10 55歳からの時間管理術 「折り返し後」の生き方のコツ / 齋藤孝 Amazon
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「無理がきかなくなる」「社会的な立ち位置に変化がある(暇になる)」のが、だいたい55歳ぐらい。そうなったときに時間をどう使えばいいのか?人生100年時代の後半生の「コツ」や「心構え」を指南してくれる。

 第1位「武器としての世論調査」、第5位「「決め方」の経済学」は、どちらも選挙制度に関わる作品です。ここ何回かの国政選挙の結果に大きな違和感を私が感じていて、その気持ちがこれらの本を読むきっかけになりました。違和感の原因が相当程度明らかになりました。

 第3位「戦争の記憶」、第4位「帝国の慰安婦」、第6位「命に国境はない」は、どれも「戦争」に関する本です。そして「戦争の記憶」で主テーマになっている「それぞれに都合の良い記憶」のことが書かれています。それは、第2位「FACTFULNESS(ファクトフルネス」に、さらには第9位「物語と歩いてきた道」に書かれた「他社への理解」にまで通じています。

 選外の作品として、広野郁子さんの「「60点女子」最強論 」、伊藤羊一さんの「1分で話せ」、朽木ゆり子さんの「消えたフェルメール」が候補になりました。

グリーン・ノウの子どもたち

著 者:ルーシー・M・ボストン 訳:亀井俊介
出版社:評論社
出版日:2008年5月20日 初版 2011年11月30日 5刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 英国の児童文学ならではの古いお屋敷や森を感じる本。

 作家の上橋菜穂子さんがご自分のバックグラウンドをお話になる時に、必ず取り上げる本。この本が好きで、高校生の時に著者のボストン夫人にお手紙を書いて、ついには訪ねていったとか。どんな物語なんだろう?と興味があって読んだ。

 舞台はイギリスの田舎にある古いお屋敷。主人公はトーズランドという名の7歳の少年。少年の両親はビルマに住んでいて、寄宿学校の冬休みの間、ひいおばあさんのところで過ごすことになった。そのお家がグリーン・ノウという名前のお城のようなお屋敷。

 物語は、トーリー(ひいおばあさんはトーズランドのことをこう呼ぶ)が、このお屋敷の暮らしに馴染んでいく様を描く。「馴染む」というのは特別の意味がある。というのは、このお屋敷には何世紀も前に亡くなった子どもたちが「今も住んでいる」。最初は気配を感じるだけだったけれど、トーリーと徐々に打ち解けて行く。

 冒頭に、お屋敷に向かう汽車に一人で乗っている時には、トーリーは「つらいことをがまんし、悲しみにたえているような顔つき」をしていた。7歳の子どもが、会ったことのないおばあさんの家に一人で行くのだからそれも当然。それが物語の終わりには「来学期になったら、また学校に行かなくちゃいけない?」と聞くほどに..。読んでいる私もホッと心が温まる。

 亡くなった子どもが出てくるのだから、幽霊話には違いないのだけれど、怖い感じはまったくしない。あまりに生き生きとしているので、幽霊というよりは、時間を自由に行き来しているように感じる。

 シリーズの続きも読もうと思う。

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ストーリーで学び直す大人の日本史講義

著 者:野島博之
出版社:祥伝社
出版日:2018年4月10日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「古代から平成まで一気に」は、やっぱり難しいかな?と思った本。

 著者は有名予備校でダントツの支持を集める日本史のカリスマ講師らしい。「まえがき」に著者からのメッセージがいくつか含まれている。「海外で日本の社会や歴史について聞かれるけど答えが出てこない」「歴史は暗記だという風説が根強いけど、歴史は本来有機的で重層的な無数のつながり」「今の大学を目指す層が身につけつつある日本史像は、昔と様変わりしている」

 特に3つ目の「昔と様変わりしている」が強調されて、「化石のような人間-シーラカンスになりたくないなら、「大人」も必死に学び続けるしかありません」とある。まったくその通り。歴史をキチンと学び直したい、できれば効率よく。そう思って本書を読んだ。

 サブタイトルが「古代から平成まで一気にわかる」。ざっくりとページ数を数えると、縄文時代が3ページ、弥生時代が4ページ、古墳時代が10ページ、飛鳥時代が18ページ、奈良時代が4ページ、平安時代が20ページ...けっこうなハイペースで時代が流れる。応仁の乱から関ヶ原までの戦国時代は23ページ。大坂冬の陣・夏の陣はたったの1行半!

 江戸時代は長いこともあって58ページ、そのうち幕末だけで30ページ。明治時代が40ページ..。昭和も日中戦争から戦後までの戦争の時代に30ページ。著者が近現代史専攻ということもあるのかもしれないけれど、時代が下るにしたがって記述が詳細になる。学校の歴史の事業でよく言われる「近現代史が手薄」の逆。

 何となく「各時代を均等に」だと思っていたので、読んでいる最中が戸惑ったけれど、読み終わってみれは、これでいいんじゃないかと思う。明治から戦後までの流れのおさらいができた。でも「ストーリーで学び直す」だからか、基本的に文章での説明。図表は最小限しかない。それがちょっとつらかった。年表も欲しかった。

 最後に。「参勤交代は幕府が諸大名の経済力を落とすために行ったものという説明を聞くことがありますが、全くの間違いです。」って、そうだったのか!

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岸辺のヤービ

著 者:梨木香歩
出版社:福音館書店
出版日:2015年9月10日 初版発行 11月5日 第3刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「生きる」ということは悩ましい、それでも素晴らしいことだ、と思う本。

 梨木香歩さんが描く児童文学。川の蛇行の後にできたマッドガイド・ウォーターという三日月湖が舞台。主人公はハリネズミに似た不思議な生き物、クーイ族のヤービ。ヤービたちが「大きい人たち」と呼ぶ、人間の「わたし」の語りで物語が進む。「わたし」は、マッドガイド・ウォーターにある寄宿学校のフリースクールで教師をしている。

 冒頭に「わたし」とヤービの出会いが描かれていて、これで「わたし」がどんな人なのか分かる。マッドガイド・ウォーターにボートを浮かべて本を読んでいる時。ミルクキャンディーを口に入れようとしていた時に、目と目があって、手に持ったキャンディを差し出した..。心豊かで優しい、でも慌てると自分でも思わぬ大胆なことをしてしまう。そんな人。

 ヤービの方はクーイ族の子どもで男の子。虫めがねで花粉やミジンコを観察して「帳面」に書き留めるのが好き。ヤービのひいおじいさん(グラン・グランパ・ヤービ)は、博物学者だったらしく、ヤービはその血をひいているのだろう。つまりは好奇心旺盛で感性も豊か。

 物語はヤービと、いとこのセジロ、クーイ族の別の種族のトリカ、の3人を、ちょっとした冒険を交えて描く。これが思いのほか様々なテーマを含んでいる。家族のあり方、親戚のあり方、仕事のあり方、環境の変化、そして「他の命をもらって生きる」ということ...。

 ちょっと重めのテーマもあるけれど、ちゃんと子どもの心に届く物語になっている。私は子どもではないので、本当のところは分からないけれど、そう思う。「トムは真夜中の庭で」とか「床下の小人たち」とか「ナルニア国物語」とか、海外の児童文学の古典を読んでいるような気持ちになるから。それは、小沢さかえさんの絵によるところも大きい。

 私が子どものころに夢中で読んだ「コロボックル」シリーズのことも思い出す。

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同窓会に行けない症候群

著 者:鈴木信行
出版社:日経BP
出版日:2019年8月26日 初版
評 価:☆☆(説明)

 たぶん興味があって読み始めたのだと思うけど(よく思い出せない)、最後には疑問がたくさん残った本。

 本書のきっかけとなった著者の認識は「50代に同窓会に行けない人が増えている」というもの。その裏付けとなるデータもある。温泉旅行の予約サービスの調査で、同窓会参加率が70代が62.2%、60代は42.5%なのに、50代は24.8%しかない。そして「同窓会に行かない理由」は、マイナビの調査で「自分に自信がないから」が第1位。

 それで本書は50代に「自分に自信がない人が増えた」理由をあれこれと分析する。著者は日経ビジネスの副編集長で、記事のベースも同誌の企画なので、経済や企業経営、働き方などの視点で考察を進める。例えば「昭和の時代に比べて出世が難しくなった」とか。

 「出世していない」からと言って「自分に自信がない」とは限らない。そこで著者は「起業」「好きを仕事に」「仕事以外の何かを見つける」という「自分に自信を持てそう」なことを挙げて、それも「難しくなった」とたたみかける。

 本書の最初に「註」があって「著者が考察した個人的見解」とある。註なんてなくても書籍は基本的に「個人的見解」で、何を書いても自由なのだけれど、読んでいる間中「何か違うんじゃない?」という気持ちがしていた。その理由は何なのか?考えてみた。

 そうするとドンドン遡って疑問が湧く。マイナビの「同窓会に行かない理由」調査は50代に限った結果ではないので、これを考察の基にしていいのか?ネットで調べると男性の第1位は「時間がない」だし、女性では第1位だけれど、これは「出世していない」などの仕事の視点だけで一面的に論じたら間違うのでは?

 さらに「同窓会に行かない理由」を聞くけれど、「何かをしない」ことに理由は必要なのか?同窓会参加率の経年データはないので、今の60代、70代も50代の時は参加率が低かったのでは?ネットで調べると調査では「この1年の参加」の有無を聞いたようだけれど、同窓会って毎年やるもんなの?

 最後は「同窓会に行けない症候群」というけれど、同窓会に行かないことは「病気」なのか?という疑問に行き着いた。同窓会に「行くのが当然」という考えが底に見える。「何か違うんじゃない?」の一番の理由はこれだった。

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絵を見る技術

著 者:秋田麻早子
出版社:朝日出版社
出版日:2019年5月2日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 この次に美術展に出かけるのが楽しみになった本。

 「名画をちゃんと見られるようになりたい」。本書はそういう人のために絵画の見方を「絵画の構造」の視点から説明する。「フォーカルポイント(主役)はどこか」「視点移動の経路はどこか」「バランスがよいとはどういうことか」「なぜその色なのか」「構図と比例のパターン」「全体的な統一感」を、章を建てて、実際の名画の豊富な実例を示して具体的に解説してくれる。

 例えば最初の「フォーカルポイント(主役)はどこか」では、まず「画面にそれひとつしかない」「顔などの見慣れたもの」「そこだけ色が違う」「他と比べて一番大きい」などの分かりやすい特長をあげる。次に「明暗の落差が激しいところ」「線が集まっているところ」など、少しテクニカルな見方を紹介する。

 こんなテクニックを覚えなくても「絵なんて好きなように観ればいい」という意見は、至極まっとうだと思う。私もこれまでそういう考えで美術展に足を運んで名画と対峙してきた。それで「あぁこの絵いいな」と感じた作品のポストカードを購入して帰る。それで満足してきた...

 いや「満足してきた」のは違っていて、だからこの本に手が伸びたのだろう。いや、正直に言うと「何か見逃してきたんじゃないか?」という気持ちは常にあった。本書の冒頭にあるちょっとしたテストをやって、その気持ちは「間違いなく見逃してきた」という確信に変わった。「観ているが観察していない」シャーロックホームズの一節らしいけれど、まさにそう痛感した。

 絵を見る技術を知ることの効果を、ラグビーワールドカップの観戦を例にすれば分かりやすいかも。予備知識のない「にわかファン」でも、懸命にボールを前に運ぶ姿に興奮し感動もすることができる。でもラグビーのルールや戦術を知っていれば、もう一段深い楽しみ方ができるはず。

 それでもテクニカルに寄り過ぎて楽しくなくなったら意味がないので、賛否は残ると思うけれど、美術鑑賞が好きな方には一読をおススメ。

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ツナグ 想い人の心得

著 者:辻村深月
出版社:新潮社
出版日:2019年10月20日
評 価:☆☆☆☆(説明)

 死してなお絆が結ばれている。そんな関係もあるのだなぁ、と思った本。

 ベストセラー作「ツナグ」の続編。「ツナグ」は、2011年に吉川英治新人賞を受賞し、翌年には映画化もされた。この世に生きている私たちに死者を引き合わせることができる「使者(ツナグ)」と、死者との面会を依頼してくる人々を巡る物語。連作短編。

 今回、使者に死者との面会を依頼してきて会ったのは5人。親しい女性を亡くなった親友に会わせたいという役者。郷土の戦国武将と会いたいという歴史研究者。幼くして亡くなった娘に会いたいという母親。ガンで亡くなった娘との面会を求めた母親。板前の修業時代に慕っていたお嬢様に会いたい料亭のオーナー。

 前作の終わりで、渋谷歩美という男子高校生が使者を先代から引き継いでいる。帯には「使者・歩美の、あれから7年後とは-。」とある。それなのに冒頭の1編「プロポーズの心得」で、使者を務める小学生の少女が登場して戸惑う。あれ?この子だれ?新しい使者?。

 少女が誰であるかは後に分かる。なぜこの子が登場したのかの理由とともに分かる。そして読み終わってみると、この子の登場は続編としての本書の特長を象徴しているように感じる。

 その特長とは「(暗黙の)決まり事を破る」ということ。前作からの続きで言えば「使者は歩美」が決まり事なのに、知らない少女が出てきた。他にもある。「依頼者が死者と会うちょっといい話」が決まり事。でも「誰も死者に会わない」短編もあった。使者として以外の歩美の生活にフォーカスしたのも新しい基軸になっている。

 この「決まり事を破る」ことが、最終的には違和感や落胆にではなく、マンネリを防いで物語の厚みと期待につながっている。「続編」のあるべき姿を見るようだ。

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任侠書房

著 者:今野敏
出版社:中央公論社
出版日:2007年11月25日 初版 2019年7月5日 改版第8刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 任侠の道は厳しいと思った本。

 「任侠」シリーズとして好評で4作が既刊、5作目がオンラインで連載中らしい。本書はその第1弾。

 主人公はヤクザの阿岐本組の代貸の日村誠司。阿岐本組組長の阿岐本雄蔵は「ヤクザ者は、縄張り内の素人衆のおかげで生活できている。素人衆に信用されてこそ一人前の親分」が持論。今どきのヤクザの組長らしからぬ考えだけれど、ヤクザではあるが暴力団ではない、そういうことだ。

 阿岐本組長には、もうひとつ「らしからぬこと」がある。文化人に憧れていて「いつか自分も文化人と呼ばれたい」と密かに願っている。そんな阿岐本が、六分四分の兄弟の盃を交わした別の組の組長が債権を手に入れた、出版社の話を聞きつけて、なんとそこの社長に納まった。物語はそこからスタートする。

 ヤクザに債権が渡るくらいだから、その出版社の経営状況はよくない。週刊誌も文芸書も作っているので、そこそこの規模はある。ただ、出版業界全体が落ち込む中で思うように売れない。素人がどうにかできるものなのか?

 もちろんどうにかできた。「まぁ物語だから」と言えばそれまでだけれど、何とかなる理由が、それなりに理にかなっていて面白い。ヤクザの親分ならではの情報ソース、ヤクザならではのコネクション、ヤクザならではの人の起用法、ヤクザならではのトラブルの解決法。

 中にはヤクザとは関係ないこともある。フィギュアに詳しい若い衆が町工場の技術に目を付けたり、優男の組員がグラビアのいいアイデアを持っていたり。ヤクザの組員にもそれぞれいろいろな才能があるわけで、やっぱり企業も組織も「人ありき」なのだ。

 面白かった。昨今は暴力団の抗争が激化しているのか、市民生活も脅かされる事態になって、ヤクザが活躍する物語を面白がっていていいのか?という考えが頭をよぎる。まぁ阿岐本組のような組なら、フィクションの中でぐらいはいいか、と思い直す。

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のっけから失礼します

著 者:三浦しをん
出版社:集英社
出版日:2019年8月10日 初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 笑い過ぎて酸素不足になって倒れるかと思った本。人前で読むのは控えた方がいい。

 月刊の女性向けファッション誌「BAILA」に連載したエッセイをまとめたもの。2014年6月号から2019年5月号までに掲載した60本を収録。

 とにかく変だ。どうかしていると思う。帯に「ありふれているのに奇想天外な日常」とある。冒頭2本目の「美容時間の問題」というエッセイに衝撃的なことが書かれている。「外出する用事があるときは、ちゃんと風呂に入って顔も洗う」。つまり..外出する用事がない時は,,,。

 「変だ」と思ったのは2つの意味で。1つ目は「なんでこんなに可笑しいのか」ということ。著者はほとんどの日は家に籠って仕事をしていて、だれとも会わない。そんな日常なのに、なんで毎月こんなに面白いことが起きるのか。

 それは、読み進めていけば分かる。それは「著者自身が面白いから」だ。例えば3本目のエッセイ「もやしとぬた」から引用する。

 スーパーでもやしを手にするたび、「やす・・・っ!」と驚愕の声を上げるのを抑えられない。「ヤス!」「銀ちゃーん」。一人で「蒲田行進曲」ごっこをはじめてしまうほどだ。...

 「もやしが安い」だけなのに、それを著者が面白可笑しくしてしまう。まぁ「力技」で面白くなっている。そして面白い著者が面白い人を引き寄せている。お母さんとかお父さんとかお友達とか編集者とか...。その人たちが面白いことをしてくれる。

 「変だ」と思った意味の2つ目は「なんでこの雑誌にこのエッセイなのか」ということ。「BAILA」の読者層は「おしゃれ感度の高い30代」らしく。紙面はおしゃれな洋服やコスメが満載になっている。そこに「外出する用事があるときは風呂に入る」というエッセイが、しかも巻頭に(タイトルの「のっけ」はそういう意味)ある。

 しかも、ここでは具体的に書かないけれど、下ネタもやたら多い。本書の書下ろし部分に、ボツになった下ネタが紹介されているけれど、これを読むと、編集者も頭を抱えた瞬間があるはず。それでも2014年に始まった連載が今も続いている。「おしゃれ感度の高い30代」に支持されているということか?

 冒頭の「とにかく変だ。どうかしている」は、ほめ言葉です。

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